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寅さん

みちくさ vol.42 No.5 (2016)

前回、ビートルズ日本公演から五十年、などと書いたが、今年は田所康雄さんが亡くなって二十年目でもあった。

「誰、それ?」という人も多いだろう。俳優の渥美清さん、というより車寅次郎、「寅さん」といった方が通りはいいかもしれない。その関連番組や「男はつらいよ」から、いくつかの再放送があった。

この第一作の公開は一九六九年八月。実はこの前年の十月から半年間、山田洋次脚本、渥美清主演のテレビドラマがフジテレビで放送されていた。その最終回、寅さんがハブに噛まれて死んでしまう、その結末に対する視聴者からの多数の抗議が映画化につながったのだそうである。ただ、筆者、この頃、大学4年であるが、そのドラマを見ていない。

卒業後、大学院に進学した。公開当時は例の「学園紛争」の真最中、教室はロックアウト状態であった。無論、「暇」ではあったが、封切館で見られるほどリッチであるはずもなく、映画の第一作からの数作は、多分、当時、札幌の狸小路にあった格安映画館(八十円くらい)で、だったと思う。ただ、初期の作品は毎度のごとく、寅さんが振られるパターンだったから「何とかしろよ」という感じで見ていたものだ。その後、いつ頃からか、ほとんど封切直後に映画館を訪れることになる。

「男はつらいよ」関連の書物も多く、結構買い込んだ。またその公式サイトのほか実にマニアックな寅さんサイトもあって、『ロケ地探訪』までが掲載されている。

筆者の印象に残る作品といえば、マドンナ役ではなく、名優が重要な脇役で出てくるものである。例えば、一・八・二二作での博の父親、なんと北大名誉教授役、志村喬、二・七作での母親役、ミヤコ蝶々、一七作での日本画の大家役、宇野重吉、等々、書き出せばきりがない。

それに、山田洋次さんのその時代の切り取り方、とでも言うのだろうか、今ではもう見ることが難しくなってしまった「風景」が画像として収録されていること。「鉄道」もその一つと思っているのだが、これは次回に回そう。

田所康雄さんは晩年、俳句会によく顔を出し、二七〇句ほど残していたことを最近知った。中に、

蟹悪さしたように生き

というのがある。俳号は「風天」だったとのこと。

 

(徒然草)

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