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俳句と蚊帳

虫めがね vol.47 No.5 (2021)

先日、NHKテレビの俳句教室で「蚊帳(かや)」を課題とした投句を紹介していた。蚊帳は夏の季語であり、夏の生活必需品であったが、今ではすっかり姿を消している。若い世代にとっては名前は聞いたことがあっても、見たこともない道具であろう。それゆえこの番組に興味を覚え録画して視聴した。投句した人たちは当然それなりの年配の詠み手であろう。秀句として、富山県の藤瀬晴夫氏の

“蚊帳の中 明日の剱(つるぎ)岳の地図披(ひら)く”

が選ばれた。

蚊帳はわが国では、すでに奈良時代には貴族階級では使われていたが、庶民の手に届くようになったのは江戸時代になってからである。奈良や近江(滋賀県)で生産された麻蚊帳が舟で江戸に運ばれて江戸の町で売られた。「蚊帳売り」が“蚊帳ァー、萌黄(もえぎ)のかやァー”と美声を張り上げて江戸の町を売り歩いたそうだ。

“蚊帳売りの声のいいのを女房呼び”

という古川柳が残っている。

蚊帳の色は麻の生地である明るい茶色が一般的であったが、江戸時代に「近江蚊帳」の製造者が若葉の涼味あふれる緑色にヒントを得て萌黄(もえぎ)色いろ(黄色みがかった緑色)の蚊帳を売り出したら、これが大好評を博して定着したと、ふとんの西川の社史に書かれている。

わたしも子どもの頃は寝る前に蚊帳の四隅にある紐を部屋の柱に掛けて吊って寝ていた。朝になるとこれをはずして蚊帳を畳んで片づけるのが子どもの役目だった。

今では蚊帳はキャンプの時に使うとか、別荘で使うとか、赤ちゃんに蚊は心配だが、電気蚊取り液などの薬剤を使うのは嫌だという健康志向のお母さんたちなど、一部の愛好者向けに売られている。

調べてみると蚊帳は古くから俳句や川柳の句材になっていたのが分かる。江戸後期の小林一茶に次のような俳句がある。

“馬までも萌黄(もえぎ)の蚊屋にねたりけり”

“夕風や馬も蚊帳つる上屋敷”

“留守中も釣り放したる紙帳(しちょう)かな”

紙帳とは麻製の蚊帳が高価で買えない庶民が愛用した和紙を貼りあわせて作った安価な蚊帳の事である。上級武士は愛馬にも蚊帳を吊ったが、一茶はどうやら紙帳で満足したようである。

“蚊屋の内ほたる放ちてああ楽や”

(与謝蕪村・江戸中期)

わたしも子どもの頃、近くを流れる小川でホタルを捕えてきて蚊帳の中に放した。ホタルは蚊帳の壁面に留まってほのかに光を放っていたのを想い出す。

近ごろは蚊帳はもちろんホタルもほとんど見かけなくなった。俳句の世界のものになったのであろうか。

♪炎天下逃れて青い森の中♪

(赤タイ)

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