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劣化診断の事例

木橋の劣化診断に参加して

1.はじめに

jirei01-1.JPG写真1長野県軽井沢町の矢ケ崎公園内に,集成材による木橋「矢ケ崎大橋」があるが,竣工後23年が経過したこの木橋を軽井沢町が改修することとなった。軽井沢町は木橋の現況ならびに改修の方向性を見極めるため,横浜国立大学名誉教授の矢田茂樹先生に劣化診断を依頼した。平成22年10月1日,その劣化診断に筆者が助手として参加する機会を得たので,その概要について報告する。

なお,筆者が撮影した写真は既に改修工事に着手した後であり,一部の材が取り除かれた後であるので,往時の外観についてはインターネットなどで検索され,参考にされたい。(外観,写真1)

2.矢ケ崎大橋の概要

矢ケ崎大橋の所在地は長野県北佐久郡軽井沢町の矢ケ崎公園内である。長野新幹線及びしなの鉄道の軽井沢駅から徒歩5分程の距離で,気軽に行くことができる。用途は歩道橋で,幅員3m,橋長は約160m にも及ぶラーメン橋である。竣工は1987年10月。長野県産カラマツを活用し,大規模木橋の先駆けとなるモデルとして,大断面集成材により架けられた。主脚と主桁は湾曲材により一体化されていて,デザイン上の大きなポイントとなっている。冬季はスケートリンクとなる池をまたいでいるため,支柱を立てることができないことから,大断面集成材により最大支柱間距離が約50m を超える大スパンを飛ばしている。竣工時の防腐処理状況は,キシラデコールの表面塗布による。架設後の補修状況は,数年毎の再塗装,および劣化した床版(針葉樹製材)の交換であり,床版以外の主要構造材に関しては竣工時の材が現存する。

軽井沢町は建築物に高さ制限をしており,周囲に高い建物が無い。橋上からは360度眺望が開け,四季折々美しい景観を眺めることができる。町にとってこの木橋は観光名所のひとつであり,重要なランドマーク的位置づけとなっている。

3.劣化診断

通常,劣化診断は一次診断(外観,ドライバーによる突き刺し診断,打診)を行い,その結果をもとに場所を特定して二次診断に移行する。今回は,一次診断についてはゼネコン側で既に実施され,また筆者自身も事前に現地の状況を確認,写真撮影等行い,矢田先生に資料を提供していたため,今回はレジストグラフによる二次診断を行うこととした(写真2)。レジストグラフは,細い錐で穿孔しながら木材内部に進入し,その過程で刃先に発生する穿孔抵抗(トルク)をモニターするものである。健全で硬い部分では高い抵抗を示し,劣化して柔らかい部分では逆に抵抗が低い(あるいは抵抗ゼロ)ので,波形から読み取れる穿孔深さと併せて劣化の位置と範囲を知ることができる。

二次診断の手法には,レジストグラフ以外には超音波測定器による調査やピロディンによる調査などがある。しかし,今回の調査対象となる主桁等主要構造材は集成材であるため,ラミナごとに性質が変わってくることから超音波測定では判断が難しい。また,断面の大きい材は,ピロディンでは内部の劣化状況がわからない。よって,今回はレジストグラフによる診断が適していると判断された。

診断箇所は,スパンの長い主桁の継手部周辺(写真2),橋脚基部(写真3),床版に隣接する高欄柱(写真4),中央ステージ付近の主桁湾曲部の4か所である。

診断作業は,矢田先生から軽井沢町の担当者へ診断方法及び診断箇所についての説明がされた後,9時から開始した。作業終了は16時頃で,場所によっては高所作業車を使い,計70か所の穿孔抵抗のデータを収集した。また,劣化の状況によっては劣化部を欠きとり,寸法を測定するなど断面欠損の状況を調査した。

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写真2
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写真3
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写真4
 
4.劣化対策について考える

この木橋の主桁は,長さ約50m を超えるが,これは約15mの集成材をジョイント金物に主桁を差し込む形で継いである。構造上要となるこの金物と主桁の間の防水処理が甘いと,継手の隙間に水が浸入し,内部で腐朽が進行することになる。この形の継手の劣化対策は,第一に継手内部に水を侵入させない処置を行うことであろう。コーキング材等を施工する場合,コーキング材は長持ちしないと考えて,まめに処理しなおす必要があると考える。第二に水が浸入しても内部で滞留しない構造の継手を検討することが必要と考える。継手はボルト穴などに水が滞留しやすい上に構造上特に重要な場所である場合が多いので,劣化対策も特に気を使わなければならないと考える。

橋脚基部は,地面に一番近い部分であるので,やはり劣化対策には特に気を使わなければならない箇所であろう。基礎とのおさまりの方法次第で,木橋の寿命を大きく左右するのではないかと考える。この木橋の橋脚部は主桁を巻くような形の金物で基礎に緊結してある。よって,主桁と金物の間に隙間があると容易に水が浸入し,また滞留しやすくなる。この形の金物も,水の浸入防止の処置が最も重要であると考える。

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図1 雨水滞留による劣化が発生しやすい部位
   (矢印はレジストグラフによる診断位置)

jirei01-5.JPG写真5最もおさまりについて考えさせられたのが,高欄柱周辺,床版受けの部分であった(図1)。床版受けがボルトと接着剤を併用して主桁に取り付けてあるのだが,隙間が無いので床版から床版受けに流れてきた水が主桁と接しているところに滞留しやすい構造になっていた。その接したところを,水下側に流れて行った水が,更に高欄柱のところで滞留する構造になっていた。一般的に,水が滞留するところは腐朽が進行しやすいので,この部分は水はけを良くするための構造的な配慮が必要であったと考える。例えば,床版受け材を連続した1本の材にするのではなく,短材を,隙間を設けて施工すれば,水は滞留することなく素直に下に流れていったであろう。

この橋に使われた木材は,特に保存処理薬剤の加圧注入等はなされていないが,架設当初の表面へのキシラデコール処理と定期的な塗装はある程度劣化の防止に役立っていた。干割れの発生は,内部への水の侵入経路となることがあるが,適切な保護塗料による塗装はもちろん,定期的な再塗装が干割れの防止に有効であると言える。

5.まとめ

木橋は全国各地に存在し,珍しい存在ではなくなっている。錦帯橋のような長い歴史の中で計画的に幾度となく架け替えられ,その雄姿を維持している橋もあれば,集成材等エンジニアードウッド製造技術の進歩により無垢材では難しい大断面の構造材により建設された橋もある。しかし,木橋の中にはボンゴシという高耐久性と称される材料を用いながら内部が腐朽して,竣工後10年持たず落橋事故を起こしたものもある。もちろん,すべてのボンゴシ木橋が落ちるというわけではない。木橋を架けるにはそれなりに高い建設コストをかけるわけだが,コストに見合わせるためには当然長持ちさせなければならない。そのためには,まず劣化が進行しにくい構造(雨仕舞設計など)を検討しなければならない。また,維持管理として定期的な調査は欠かせないものであり,その調査結果から適切なメンテナンスを行うことも重要であると考える。今回の物件では特に構造上の問題から発生する劣化や,メンテナンスについて色々考えさせられた。

筆者は㈳日本木材保存協会が認定する木材劣化診断士の有資格者であるが,資格の取得から3年半,講習会以外で劣化診断の経験がなかった。補助とはいえ今回の劣化診断は大変貴重な経験となった。今後も機会があれば劣化診断に取り組み,研鑽を積みたいと思う。

今回の物件はかなり大きなもので,また重量物であるレジストグラフを1日に70か所にも打ち込むというのは相当きつい作業であった。

最後に,矢田先生へ診断の仲介をしていただいた㈳日本木材保存協会の竹内常務理事,そして今回の劣化診断をお引き受け下さり,診断に参加する機会を下さった矢田先生に心より感謝申し上げる。

株式会社キーテック
西村 圭史 

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