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診断技術の研修会の見聞録

第6回木材劣化診断研修会・兼更新講習会(社寺建築)に参加して

1.はじめに

平成24年9月27日,木材劣化診断士の診断技術のレベルアップを目的に,公益社団法人日本木材保存協会(以下JWPA)主催の第6回木材劣化診断士研修会が,京都市のキャンパスプラザ京都および真宗大谷派東本願寺阿弥陀堂において開催された。今回,この研修会に参加させて頂いたので,概要につき報告したい。

2.研修のアウトライン

木材劣化診断士は,平成18年度に発足したJWPA の資格制度である。JWPA が認定する木材の生物劣化(腐朽と虫害)の診断技術の専門家として,木造住宅などの維持管理や改修の際の劣化調査に役立つ劣化診断の技術を習得した者に付与されており,本技術により,日常業務において修理や補修に関する助言を行っている。国家資格・公的資格ではないものの,このような充実した技術取得の研修制度を持つ資格制度は他にあまり類が無く,社会的な要請が高い重要な制度である。JWPA では,木材劣化診断士が常に最新診断技術を習得し,その維持と向上をはかれるように平成20年より,定期的に研修会を開催しているが,本研修会は木材劣化診断士の登録更新研修会も兼ねる(資格は3年ごとに更新)。これまで,公共施設を会場として機器等を用いた診断の実習を主体とする研修が行われてきているが,本研修は対象物件が文化財のため,実地研修においては,見学が主体であった。

今回の研修会には10名の受講生および,2名のオブザーバーが参加し,京都大学大学院農学研究科 藤井義久先生,藤原裕子氏および日建設計の方々に講義,修復状況説明,調査の実習指導等を行って頂いた。研修プログラムの概要は以下の通りである。

○ 午前(場所:キャンパスプラザ京都):10:00~11:40
 ・開会とオリエンテーション
 ・「 文化財建築物の劣化診断」(担当:藤井先生)
○午後(場所:東本願寺):13:00~16:30
 ・東本願寺の修理に関する説明(担当:日建設計)
 ・実地研修(屋根上部⇒小屋裏⇒床下の順で研修)
 ・質疑応答,解散

3.東本願寺阿弥陀堂について

東本願寺には御影堂と阿弥陀堂の二棟の大型の木造建築物があるが,阿弥陀堂は,明治13年(1880年)に起工し,明治28年(1895年)に完成した仏堂である。単層入母屋造,間口52m,奥行き47m,高さ29m で,仏堂の大きさとしては全国7位の大型木造建築物である(御影堂は世界最大規模の純木造建築物であり,全国1位と7位の大きさの建築物が隣り合っている)。平成16年3月から平成20年12月にかけて行われた御影堂修復の後,平成23年の「宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌」法要後に特別記念事業として,この阿弥陀堂の修復工事が始まっている。完工予定は平成27年12月末とのことである。なお,東本願寺は江戸期を通じて4度火事にあっており,主要建物の再建を繰り返しているが,現存の阿弥陀堂を始めとした建物は,蛤御門の変により全伽藍の建物が焼失した後再建されたものである(この時の大火では現在の中京区・下京区にあたる当時の京都中心部の約半分に相当する地域が焼失している)。

4.研修内容

⑴  文化財建築の劣化診断,東本願寺阿弥陀堂の劣化調査状況について

午前中はキャンパスプラザ京都で,藤井先生より,日本の伝統木造建築の特徴と劣化対応に関した講義と,事前に実施された阿弥陀堂の劣化診断調査内容に関した説明を頂いた。

日本は木造建築物に対し,温湿度条件が厳しいため,建物もそれに対応するよう,部材が濡れたり,湿気を持ったりしないような工夫がされており,また,劣化が生じた場合においても,修繕が容易であるような構造となっている。

伝統的な日本の建築物の劣化対策を列記すると下記の5点があげられるとのことである。

  1. 適切な雨仕舞
    庇を深くし,外壁が濡れないような作りとする。
  2. 土壌と生活空間の分離
    床下空間を広くとり,十分な通気を確保する。
  3. 水周りを邸内に持ち込まない
    便所,風呂は別棟。
  4. 点検・修理が容易
    土壁を用いる真壁造りでは,壁の内部の劣化状況が分かり難い大壁造りと異なり,点検・修理が行いやすい。
  5. 定期的な掃除や手入れ
    畳を上げ,大掃除を行う。

現在の一般家屋においては,生活スタイルが変化しているため,この通りの対策を行うことは難しいが,阿弥陀堂のような,建設当初の形態を保持する社寺建築ではこういった伝統的な劣化対策が持続的に行われて来ている。但し,保存環境を良好に保っていても,劣化が完全に防げるわけではなく,また,大規模な修復工事は頻繁に行われるわけではないため,部材によっては気づかれないままに劣化が発生し甚大化してしまうことがある。阿弥陀堂についても後述するように,屋根小屋組や床下などで,一部腐朽や虫害による劣化が激しい箇所もある。

なお,文化財建築物は,国宝217件(265棟),重要文化財(重文)2,398件(4,526棟)登録有形文化財9,124件(平成25年5月1日時点)であるが,重文・国宝の建築物の9割は木造建築物であるとのことである。重文の保存修復は,文化庁の指導のもとに国庫補助事業として行われ,自治体からの補助も受けることができる(今回の東本願寺の場合,先年大修復を終えた西本願寺御影堂が1636年建立であり国宝指定されているのに対し,比較的新しい明治期の建物であるため,登録文化財にとどまっているが,その文化的価値より今回の修理には国庫補助が認められている)。但し,補助があるといっても,修理にはやはり多額の自己負担が必要であり,東本願寺の修理についても,御門徒の浄財に支えられている。

これまでに実施されている阿弥陀堂の劣化診断調査状況は,下記の通りであるとのこと。

  1. 環境評価(温室度等):
    温湿度の連続計測を床下,小屋裏,堂内で実施し,1年を通じた動向を明らかにした。
  2. 一次診断(視診・触診・打診):
    建物全体に実施した。特に床下については,虫害,腐朽,菌糸発生状況等のマッピングを行い,劣化および劣化兆候の全体的な把握を行った。
  3. 二次診断(現場用小型機器による診断):
    床下,小屋裏,堂内の主要部材の含水率調査と,劣化がみられた小屋組材のレジストグラフによる強度評価(小径のドリルを一定速度で貫入させ,ドリルにかかる抵抗を連続測定して評価)を実施した。
  4. 三次診断(現場からの標本の精密診断):
    床下で採取した菌糸様付着物の培養,DNA解析,および屋根裏で採取した甲虫の同定を実施した。

⑵ 東本願寺の修理に関する説明と研修

午後からは東本願寺の工事現場に移動し,日建設計より工事概要等に関したご説明を受け,藤井先生により,実地の劣化診断に関する研修を行っていただいた。

① 東本願寺の工事概要

東本願寺の修復は,日建設計が全体を統括し,「コストオン分離発注方式」と呼ばれる,品質・コストが最適になるよう,工程にあわせて専門工事の業者を選んでいくという,文化財の工事としては珍しい方式で実施されているとのこと。

本工事は,文化財としての真正性を失わないようにしながらも,地震に対する強度をもたせるため,制震ダンパーや格子状補強梁の設置,ポリエステル補強材鉄骨による補強等,最新技術も適宜使用するとのことである。また古い屋根瓦をできるだけ再利用,再資源化できるように工夫する等,環境影響への配慮にも気を配っている。

なお,前述のように本工事では隣接する御影堂の修理が先に実施されているが,「素屋根」と呼ばれる仮設屋根(写真1,2)は,御影堂で使用したものを平成21年7月に約2時間かけそのまま横にスライドさせて使用されているとのこと。全体を通して計画的・合理的な工程で工事が進められるよう色々と考慮されているようである(素屋根は総重量1,500t とのこと。建物の大きさが違うので素屋根の一部は移動時に解体している)。


写真1 素屋根①

写真2 素屋根②

② 実地劣化診断研修

最初は工事用に設置された素屋根内のエレベーターで上部に移動し,大屋根での研修を受けた(写真3,4)。屋根瓦が降ろされた大屋根上部の軒先の高さに,床面が設置されており,目近に屋根上層全体を見ることができるのであるが,まずはその小山のような大きさに圧倒された。瓦は約10万8千枚もあったという。


写真3 大屋根上部①

写真4 大屋根上部②

劣化診断のポイントについて説明を受けながら,続いて大棟まで屋根を登った(持っていった作業靴が高所作業用の物でなかったため滑りやすく,屋根の上を伝って歩くのに苦労した)。全体を俯瞰し,降りるときは工事用に設置された階段により屋根を降りた(写真5,6)。


写真5  大屋根の劣化状況説明(一部劣化した屋根下地板が除去されている)

写真6 棟木(一部劣化が見られる)

屋根部については,概ね,強度等に影響するような大きな損傷は無かったとのことであるが,一部には腐朽とシロアリの被害の跡がみられた。瓦の下には葺き土があったわけであるが,雨漏りがあった場合,シロアリの生息に適した場所となってしまうため,屋根に舞い上がった羽アリが定着し,営巣してしまうことがあったのであろう(地面から蟻道を伸ばして屋根に到達する可能性は低い)。蟻害については最上部の棟木でも観察できた。なお,屋根材にはヒノキ,土居葺板にはスギ等が使用されているようである。屋根土については,修復に際して屋根荷重の軽減のための「空葺」工法を採用するため,一部を除いて再設置はしない予定とのことである。

続いて小屋裏に移動して診断研修を受けた(写真7,8)。小屋組材はマツ,梁と柱材にはケヤキが多く使われているとのことである。小屋裏については,雨漏りにより腐朽している箇所(南東部の母屋束および桁材)があり,レジストグラフにより穿孔抵抗測定(二次調査)を行って,強度低下の有無の確認を行ったとのこと。虫穴(甲虫類,ハチ類)については随所に見られるが,強度に大きく影響するようなものはなかったとのことである。


写真7 小屋組

写真8 屋根裏への通路(非常に狭い通路を通って中に入った)

最後に,床下の劣化調査研修を行った(写真9,10)。非常に床高が高い。大引きと根太についてはマツ,柱と柱の足固めについてはケヤキ材が使用されている。藤井先生が調査をされた際,菌糸が目視観察された箇所等にチョークで印をつけてあるのだが,腐朽菌による大きな劣化はみられなかったとのことである。シロアリ被害については床下倉庫として使用していた部分の壁際に,一箇所だけ物陰に隠れるように,古い蟻害があったのみであった。その他には,シバンムシ類等と思われる甲虫による虫穴が散見された。


写真9  床下(菌糸が目視観察された箇所等にチョーク印)

写真10 束石および,柱(ケヤキ材)

以上で実地劣化診断研修は終了し,現地で解散して本研修は終了となった。全体を通して感じたことは,どの箇所も,主要部材には大径木の部材を用いて空間を広くとっており,部材が濡れたり,湿気を持ったりし難くなっていること,また,調査や修繕が容易であるような構造となっており,非常に良好な状態に保全されていることである。藤井先生が講義で述べられた,伝統的建築物の劣化対策が十分実践されており,これまで阿弥陀堂に大きな劣化が生じなかったというのも納得がいくものと思われた。

5.最後に

今回,劣化診断士となり,初めてこういった現地の実習に参加させていただきましたが,実際に現場で劣化調査をされた先生や,修復にあたっている方々にお話をしていただきながらの研修という,非常に得がたい体験であり,大変勉強になりました。研修の準備と指導を頂いた,藤井先生,藤原様,日建設計様,JWPA 竹内様には大変感謝いたします。また,一緒にご参加された受講生,オブザーバーの方々にも大変お世話になりました。そしてなにより,こういった貴重な機会を与えていただいた東本願寺様には,ご協力につき心より御礼申し上げます。今後,ご参拝させていただく機会は多数あると思いますが,本研修によって知った,文化財として重要な建物を維持するための大変な努力については,忘れることはないものと存じます。

三井化学アグロ株式会社
松岡宏明

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