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診断技術の研修会の見聞録

第3回木材劣化診断士研修会に参加して

1.はじめに

3-01.JPG写真1 兵庫県立丹波年輪の里クラフト館木材劣化診断士の診断技術のレベルアップを目的として,(社)日本木材保存協会(以下JWPA)主催の第3回木材劣化診断士研修会が,平成22年7月15~16日に,兵庫県立丹波年輪の里(写真1)において実施された。

JWPA の民間資格である木材劣化診断士とは,木材や木質材料の生物劣化(腐朽・虫害)を診断する技術者のことであり,木造住宅などの維持管理や改修の際の劣化調査に役立つ劣化診断の技術を習得し,修理や補修に関する助言も行う。木材劣化診断士は,専門的な知識を持つだけではなく実践的な技能に習熟していることが非常に重要になるため,JWPA では3年に一度の資格更新時講習と実施訓練を兼ねて本研修会を実施している。ちなみに,これまでは木材保存士の有資格者のみが木材劣化診断士の資格を得ることができたが,今年度からは新たに1級・2級建築士,木造建築士も受験が可能になった。住宅の品質確保の促進等に関する法律等が施行されることで,様々な方面の関係者からも木材劣化の診断技術は注目・期待されており,それに合わせて今後木材劣化診断士の存在がさらに重要になってくることが予想される。

3回目となる今年度の研修会では一次診断,二次診断(含水率計測,ピロディン,レジストグラフなど)を用いた診断の実習,診断報告書の書き方についての講習,補修技術に関する情報提供という構成で,京都大学の藤井先生,横浜国立大学名誉教授の矢田先生,京都大学の藤原氏,東邦レオ(株)の高木氏のご指導のもと研修が行われた。今年度は研修生が全国から28名集まり,一昨年度の研修生16名,昨年度の15名と比較して一段と増加していた。さらに,国土交通省国土技術政策総合研究所の槌本氏,東京農工大学の吉田先生などの学術関係者もオブザーバーとして参加しており,著者も同様に末席に名を連ねさせて頂いた。

2.研修のアウトライン

3-02.JPG写真2 兵庫県産材を利用した家具と
内装の展示
織田藩ゆかりの城下町の柏原にある兵庫県立丹波年輪の里は,木とのふれあいの中で,文化活動,レクリエーション活動を促進し広く兵庫県民に憩いの場を提供するとともに,林産業界の振興に寄与することを目的として建設された。その目的の通り,年輪の里で毎年開催される丹波の森ウッドクラフト展は国内随一の木工クラフト作品公募展として知られており,さらに,兵庫県内の林産業界を振興するため県産材の利用促進を図っていることが窺えた(写真2)。年輪の里の喜多林産指導課長のお話によると,再来年で築25年になる苑内の施設は全て木造建築となっており,木材の生物劣化が見受けられるとのことであった。前年度も年輪の里において研修が開催され,苑内にあるアトリエ1から4,および木の館の妻面の大断面集成材柱を対象とした調査が行われた(図1)。今年度は苑内のクラフト館事務棟,および苑内に3カ所あるトイレが調査対象物件であった。

今年度の研修プログラムは以下の通りである。

7月15日

  1. 一次診断についての講習
  2. 昨年度の木材劣化診断報告書の概要説明
  3. 一次診断の実技研修(視診・触診・打診・突刺診,写真撮影と記録)
  4. 各班の診断結果の報告会

7月16日

  1. 二次診断についての講習
  2. 二次診断の実技研修(ピロディン,レジストグラフ,ウッドチェッカー)
  3. データ解析,レポート作成についての講習
3.実習

今年度は苑内に3カ所あるトイレ棟,およびクラフト館事務棟(写真1)の一階部分建物外周,建物内側の階段踊り場および二階を調査対象物件とした。苑内に3カ所あるトイレ棟は全て庇が十分ではなく雨晒しになっている。クラフト館は工作室,機械室,事務棟からなる木造建築物であり,事務棟は正面右側に位置している。クラフト館は華やかで人目を引く西洋風の建物であるが,はめ殺しの三角窓はパッキンがないため雨仕舞いが悪く,筋交い状の窓枠の接合部に雨水が集まる構造になっている。

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図1 調査対象物件の苑内配置図
 

今年度は5班に分かれて,各調査対象物件の劣化診断の実習を行った。各班の担当は以下の通りである。

1班:トイレ棟①

2班:トイレ棟②

3班:トイレ棟③

4班:事務棟の一階部分建物外側

5班:事務棟の建物内側から階段踊り場および二階の窓枠

3.1 一次診断

初めに藤井先生から一次診断の手順やそのポイントについて説明を受けた。一次診断では,明らかな劣化や,劣化の可能性がある部位を全てスクリーニング(抽出)することを目的としている。そこで一次診断を行う際,当初状態,健全部位との差を見極めるために必要な着眼点や腐朽・虫害の特徴,劣化の程度を判定する基準等についてご教授頂いた。

次に対象物件等の生物劣化が見受けられる箇所について藤井先生,矢田先生のご指導を受けながら見て回り(写真3,4),各班に分かれて視診・触診・打診による調査を行った。劣化が認められた箇所やその疑いのある箇所にはドライバーを用いた突刺診でその程度を判定し,養生テープや白チョーク等でマーキングした。

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写真3 藤井先生から対象物件の説明
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写真4 矢田先生から一次診断のアドバイス

その後,各班の調査結果の報告会が行われた。トイレ棟①を担当した1班からは,屋根の構造材接合部に菌糸が吹き出している,四隅の柱は雨掛かりがありドライバーが根元まで刺さる,蟻害が疑われるという報告があった。トイレ棟②を担当した2班からは,梁に同心円状の虫食いの孔,水のたまった柱から腐朽,蟻道からシロアリが確認されたという報告があった。トイレ棟③を担当した3班からは,腐朽は進行性であること,シロアリによる蟻害が疑われるがシロアリは見つかっていないこと等が報告として挙げられた。事務棟の一階部分建物外側から構造部材を中心に診断した4班からは,植栽部付近の窓の接合部で腐朽が進行していたこと,窓枠,デッキは雨掛かりがあり不自然な濡れ方で腐朽が疑われること,コンクリートの隙間にはシロアリが侵入した形跡があること等が報告された。事務棟の建物内側から階段踊り場および二階の窓枠を担当した5班からは,窓枠接合部では雨が集中し変色が見られたこと,窓台では雨が掛かる,紫外線が当たる等の影響を受け強度が低下していることが報告された。

一次診断は診断の基本でありながらも,定めた範囲を短時間で要領良く,全て一定の基準で見渡し,腐朽・蟻害といった木材劣化の種類や有無,劣化被害の程度について判定を行うことから,最も検査員の技術・経験が必要とされる難しい診断であることを実感した。著者は一次診断というものを全く経験したことがなかったが,今回木材劣化診断士の方々の診断の仕方や手順を見学させて頂くだけでも大変勉強になった。

3.2 二次診断

二次診断とは現場用の小型機器や検査キットを用いた比較的定量的な診断のことを指す。計測は非破壊的に行うことが原則で,材料の強度(欠損率),密度に関するデータ等を収集する。本研修では,一次診断において断面欠損・強度低下が疑われた部位に対して,ピロディン,レジストグラフ,木材腐朽診断キット(ウッドチェッカー)等を用いて診断を行った。

ピロディンは直径3mm,長さ4cm の金属ピンを一定の衝撃力で木材に打ち込み,めり込んだ深さが数字で表示される仕組みとなっており,ドライバーによる突刺試験を定量化した機器と言える(写真5)。この機器を用いた衝撃ピン打ち込み法は内部腐朽の検出ができない,木取りや打ち込み位置によってデータにばらつきがある等の問題点はあるが,簡便・迅速に木材表層部の残存強度を定量的に測定することができる。ちなみに,受発信プローブが対向設置できる場合は超音波伝播時間を測定することで内部空洞などの評価は可能であるとのことであった。

また,レジストグラフは,直径約3mm,長さ30cm の錐で木材に穴をあけながら内部に進行し,その際に発生する抵抗値をモニターする機器で,ピロディンと比較するとやや大型で重い(写真6)。レジストグラフは接合金具があるとそこで止まってしまうのでねじ込み位置には注意が必要であるが,深さ30cm までの強度が低下している位置や低下レベル,範囲等を詳しく把握することができる。

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写真5 ピロディンを用いた衝撃打ち込み試験
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写真6 レジストグラフから得た抵抗値から木材内部の強度を推定

著者は1班がトイレ棟①において二次診断を行っている様子を見学させて頂いた。高い所の構造材や梁は脚立に登り,壁の低い所は腰を屈めて,ピロディンを用いてピンを等間隔に打ち込み,断面欠損・強度低下が疑われた部位のめり込み深さを測定した。それらのうちいくつかの箇所についてはレジストグラフを用いて抵抗値を測定した。トイレの壁の四隅にある柱の一つの上側,中央部,下側の部分をモニターしたところ,上側,および中央部の一部は強弱が反復した抵抗値であり早材,晩材を反映していたことから比較的健全な状態である箇所が存在することが明らかとなった。その一方で,下側では抵抗値がゼロになっている範囲がほとんどであった。トイレ棟の四隅の柱は壁に覆われていたため,外側の壁の一部をはがして柱の状態を確認した所,柱の上側や中央部は健全な箇所も見受けられたが,下部は腐朽が著しく進行して木材がなくなっており下の基礎に接地していなかった。このことから,トイレ棟は庇が十分でないため下部は雨晒しになりやすく,雨掛かりするため著しく木材が劣化していると考えられた。

3-07.JPG写真7 ウッドチェッカーを用いて腐朽菌の
有無の判定を行っている様子
次に,これらの腐朽が疑われる部位5カ所からそれぞれ少量の木片を採取した後,ウッドチェッカー(木材腐朽菌の有無を抗原抗体反応により診断するキット)を用いて各木片中の木材腐朽菌の有無を判定した(写真7)。ウッドチェッカーは木材腐朽菌の種を特定することはできないが,少量の木片から進行性の木材腐朽を30分程度で客観的に検出できる。著者らもご恵与頂いたキットを用いて,苑内の土壌,子実体,および各施設の部材から腐朽が疑われる3カ所の部位を検体として試験を行った。その結果,土壌と1カ所の部材からはスポットが検出されず,その他の検体からはスポットが検出された。1カ所の部材からの検体はスポット濃度が特に高く,進行性の木材腐朽であると考えられた。

このように二次診断では用いる機器類の様々な特性,および検体となる木造住宅や木製外構材の構造や材質を正確に把握し,測定環境に合わせて機器類を使い分けることで適切な診断を行うことが重要であると感じた。これまでマニュアルや本でしか読んだことがなかった手法を実際に行っているところを見たり,機器に触れたりすることは大変貴重な経験となった。

3.3 報告書の作成,取りまとめ

最後に診断結果を報告する際の報告書の作成要領やデータのまとめ方,注意点などについて講習を受けた。報告書は表題,調査の概要,調査結果と解説,アドバイスという基本構成になっており,これらのうち調査結果と解説,アドバイスについては以下のような注意が必要であるとの説明があった。

  • データは図面との照合を取り,また表やグラフなどビジュアル化してまとめ,相手に分かりやすく伝えることが重要である。
  • 報告書には計測・調査の結果(現在),および劣化の発生原因やメカニズムの推定(過去)について記入する。現況と原因の推定,基準値との比較,判定基準から対応を判断することが基本で,将来予測や,寿命・安全度など未来のことに関しては立ち入らない。
  • 定期的な維持管理,不具合発見による診断,リフォームなどの工事のためなど診断の目的によって,調査方法,結果の分析の仕方,報告書のまとめ方が異なるため,目的との整合性を取る。
  • 劣化と断定できる症状と,その可能性がある場合とを明確に区別するなど,表現・文言に気をつける。

劣化診断にあたり,診断結果を相手に伝わるように正確に報告することは劣化診断をきちんと行うことと同様に非常に重要になるが,報告書に記載する表現や判断基準が著者には難しく思えた。例えば表現について,蟻道,およびシロアリが認められた場合は「進行性」と断定することができ,蟻道があるもののシロアリが認められない場合はその他の兆候から「進行性と考えられる」とし,その他の兆候がない場合は「痕跡」と記載する,などのように劣化と断定するのか,可能性であるのかでも文言が異なってくる。腐朽菌による木材腐朽の場合,現場での判断はさらに難しくなるため相当症状が進んでいない限りは「可能性あり」になる。

現況は症状の客観的な報告であるが,報告内容の取捨選択は診断士の判断に委ねられている。経験や知識の量などは診断士によって異なるが,判断基準は一定にする必要がある。個人的な感想であるが,今後木材劣化診断士の増加に伴い,目的,調査方法,分析方法などフローチャートに従って診断士の誰もが同じ結果を引き出せるようなシステム構築が求められるのではないかと感じた。

4.最後に

一次診断は,定めた範囲を短時間で要領良く一定の基準で見渡しながら,木材劣化の種類から被害の程度について判定を行うことから,最も検査員の技術・経験が必要とされる難しい診断であることを実感した。そして,二次診断では用いる全ての機器類の様々な特性,および対象物件の構造や材質を幅広く正確に知識として持ち,さらに状況に応じて適宜機器類を使い分けて適切な診断を行うことが重要であると感じた。報告書の作成に当たっては,誤解を招かないように表現・文言に気を付けながら,相手に分かりやすく現況と原因の推定を報告,目的に沿ったアドバイスをすることが望まれることが理解できた。

このように見ていくと,木材劣化診断士は現場での多くの経験,機器や住宅の構造・部材に関する幅広い知識,相手に的確に伝える技術など非常に多くのスキルが求められており,これまで木材保存士の資格を有していないと木材劣化診断士の資格が得られなかったことも理解できた。木材劣化診断士は全ての人からプロフェッショナルとして見られているので,その診断結果は重要な意味を持つものと考えられる。

長期優良住宅の普及の促進に関する法律が昨年から施行され,今後家を作る人から守る人へと求められる人材がシフトしていくと藤井先生は仰っておられた。このように木材劣化診断士は木材劣化診断のプロとして今後さらに重要な資格になると感じられた。今回著者はサンプリングと見学のため参加させて頂いたが,あいにくの雨天にも関わらず研修生は皆熱心に講義や実習に臨んでおられた。

最後になりましたが,実習や講義等で京都大学の藤井義久先生,横浜国立大学の矢田茂樹先生には大変お世話になりました。また,JWPA の竹内孝常氏には研修会の参加手続きから準備,連絡など全てにおいてお世話になりました。東京農工大学の吉田誠先生には一緒にサンプリングをして頂き大変勉強になりました。上記の方々に加えて国交省国土技術政策総合研究所の槌本敬大氏,東邦レオの高木邦江氏,京都大学の藤原裕子氏などを交えて一日目の夕食を共にし,木材保存に関して活発な議論をしたり,様々な情報を交換しながら楽しい時間を過ごすことができました。どうもありがとうございました。サンプリングの場所を提供して下さいました喜多靖範氏をはじめとする兵庫県立丹波年輪の里の職員の方々,実習において様々な形でご協力頂きました研修生の皆様にも重ねて感謝致します。そしてこのような貴重な機会を著者に与えて下さいました(独)独森林総合研究所の桃原郁夫氏に心より感謝致します。誠にありがとうございました。

 東京大学大学院農学生命科学研究科 
和田 朋子

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