木材保存の情報

ホーム > 木材保存の情報 > 木材劣化診断士 > 診断技術の研修会の見聞録

診断技術の研修会の見聞録

第4回木材劣化診断士研修会に参加して

1.はじめに

平成23年7月14~15日,木材劣化診断士の診断技術のレベルアップを目的に,㈳日本木材保存協会(以下JWPA)主催の第4回木材劣化診断士研修会が兵庫県立丹波年輪の里(兵庫県丹波市柏原町)において開催された。

木材劣化診断士は,JWPA が認定する木材の生物劣化(腐朽と虫害)の診断技術の専門家で,木造住宅などの維持管理や改修の際の劣化調査に役立つ劣化診断の技術を習得しており,修理や補修に関する助言も行っている。木材劣化診断士の資格取得には,木材保存士,一級・二級建築士,木造建築士のいずれかの資格が必要である。また資格は3年ごとに更新するが,本研修会はJWPAの木材劣化診断士登録更新研修会に指定されている。

筆者は,木材劣化診断士の資格は有していないが,今回の研修会にオブザーバーとして参加する機会を得たので,研修会の概要について報告したい。

2.研修のアウトライン

rekka_4-01.jpg写真1 丹波年輪の里木の館研修会の会場となった丹波年輪の里は,木とのふれあいの中で,文化活動,スポーツ活動およびレクレーション活動を促進し,広く県民に憩いの場を提供するとともに,林産業界の振興に寄与することを目的に,昭和63年4月に開苑された施設である。広い敷地内には,研修会のオリエンテーション,講習が行われた木の館(写真1),クラフト館といった大断面集成材を用いた大型の施設から,アトリエ棟,トイレ棟,今回の調査対象となった木製遊具の空中回廊などの木造施設が多数ある。開会に当たっての荻野茂館長のお話では,同施設はバブル期の昭和63年に開苑したが,現在施設木材の劣化が喫緊の課題であるとのことであった。このような状況は,当施設だけでなくおそらく全国的な傾向であると思われ,筆者も同時期に建てられた大断面集成材を用いた木造建築物について,腐朽診断を依頼されたことがある。昨年の研修会も同施設で開催され,その際にトイレ棟の診断を行ったが,各所に腐朽,蟻害による劣化が認められたため,現在は鋼材で補強しているとのことであった。

研修会には14名の研修生が参加した。研修生の所属は住宅メーカー,ログハウスメーカー,公園施設等の外構材メーカー,木材保存業,防虫コンサルタント,LVL 生産業,森林組合など多様な業種からの参加であった。日常的に診断業務に関わっているという研修生は少数であった。

劣化診断の実習では,京都大学の藤井義久先生,横浜国立大学名誉教授の矢田茂樹先生,京都大学の藤原裕子氏,東邦レオ㈱の中嶋啓二氏にご指導頂いた。

今年度の研修プログラムの概要は以下の通りである。

7月14日㈭ 午後

 ・開会とオリエンテーション(一次診断の講習)
  ・グループに分かれて一次診断
  ・二次診断

7月15日㈮ 午前

 ・二次診断の残り
  ・報告書の書き方指導
  ・とりまとめと閉会

3.一次診断講習

現場での実習を行う前に,藤井先生,矢田先生から一次診断の手順,ポイントについて講習を受けた。一次診断でまず重要なことは,物件を一通り全部見て,「見て,触って,叩いて,突き刺して」,劣化部位,疑わしい部位の見落としがないように短時間で要領よく抽出する,とのことであった。その際,対象とする物件の図面があると大いに役立つので,準備段階でできるだけ入手するようにする。また診断する部材が構造上重要かどうか判断し,重要な部材についてはより詳しく見る必要がある。色,表面性状,付着物など,当初状態あるいは他の健全部位との差の見極めもポイントである。劣化が認められた部位にはチョーク,あるいは養生テープにより劣化程度の判定結果をマーキングする。腐朽による劣化はD,蟻害による劣化はT で表記し,進行性の劣化にはP を記す。またカビはM,シロアリ以外の虫害はK で記す。劣化程度の判定は以下の基準で行う。

  • D1,T1相当(ドライバの先端が入るのみ):明らかな劣化がある(強度低下や,断面欠損が最大3割程度ある)。
  • D2,T2相当(ドライバを押すと相当入る):著しい劣化がある(同上3割から7割程度)
  • D3,T3相当(ドライバを軽く押すだけで貫通するほど):重大な劣化がある(7割以上,完全な欠損とみなせる)

劣化があると判定されたら,原因を考察する。腐朽の場合は水分の種類(雨水,漏水,結露水等)と進入経路を確認する。シロアリの場合は,土中からの侵入経路を推定する。劣化が進行性のものであるか,痕跡であるかの判定も行う必要がある。

4.実習

4.1 一次診断

今回の実習対象となる空中回廊に向かう途中に,一昨年の調査対象物件であったアトリエ棟に立ち寄り,実際の建物を見ながら,一次診断の要領,ポイントについて説明を受けた(写真2)。アトリエ棟は構造材が外に表しになっている。軒の出が少ないため,雨がかりが多かったと思われ,構造材,窓枠などに腐朽が認められた。

また途中,設置されていたマツのベンチがシロアリと腐朽により激しく被害を受けていることが観察された(写真3)。シロアリは天敵のクロアリに見つかると捕食されるため,すぐ奥に逃げこむとのことで,残念ながらシロアリの姿を見ることはできなかった。著者はシロアリによる被害木を実際に見たのは初めてであったが,脚部から座部の裏側までぼろぼろにされた状況を見てシロアリの恐ろしさを実感した。 

rekka_4-02.jpg
写真2 アトリエ棟で一次診断の説明
rekka_4-03.jpg
写真3 シロアリにより激しく被害を受けたベンチ

今回の診断対象となった空中回廊は海外メーカー製の木製遊具で,かなり長大なものであった(写真4)。木材にはベイマツの心去り材が用いられており,保存処理として,パラフィンのホウ酸エステルが加圧注入され,撥水性と防腐・防蟻性能が付与されている。腐朽が生じやすい地際部分にのみ薬剤注入性を上げるためのインサイジング処理と,切り込み加工が施されていた。また設置後の補修として,傷んだ地際部にコンクリート巻きが施されていた。コンクリート部は露出しないように土で完全に覆われていた。

研修生は3つの班に分かれて,それぞれ担当する箇所の一次診断を行った。著者は3班に同行させて頂いた。まず始めに全ての柱にチョークで通し番号を記し,引き続き視診等により劣化の有無を確認した。劣化の疑いが認められた場合,ドライバーを突き刺して劣化の程度を判定し,判定結果を部材にマーキングし写真を撮影した(写真5)。一次診断によりD3,T3レベルの著しい劣化が多く認められたのは柱の地際部分であった。一見健全と思われる部材でも,ドライバーを突き刺すことで,あるいは基礎までシャベルで掘ることにより,ドライバーが根本まで突き刺さるほど内部深くまで進行した劣化が認められるケースも見られた。従って,地際部分を見る場合は,必ずシャベルで基礎部分が出るまで掘ってから見る必要がある,とのことであった。柱以外の部材では,床板の木口部分や床板と桁の接合部分などに白い菌糸が認められるなど腐朽を確認できた事例も見られた。また蟻道の痕と思われる土の付着物も多く見られた。 

rekka_4-04.jpg
写真4 空中回廊
rekka_4-05.jpg
写真5 一次診断の判定結果をマーキング

今回のような,長大で,柱,桁,床板等,部材の数が非常に多い物件では,目視で劣化が疑われる部位を抽出するだけでも時間と労力を要し,腐朽が発生しやすいと言われる床板と桁の接合部,桁と柱の取り合いの部分などの見えにくい部分については,限られた時間の中では充分に診断することができなかった。

4.2 二次診断

二次診断では,一次診断で劣化が疑われた部分について,現場用の機器を用いてより定量的な診断を行い,材料の強度(欠損率)に関するデータ等を収集する。計測は非破壊で行うことが原則である。一次診断がほぼ終了した後,矢田先生から二次診断に用いる含水率計,ピロディン,超音波測定装置,レジストグラフについて,機器の原理,使用法などについて説明を受けた。

含水率は劣化危険性を示す指標となる。木材腐朽は適度な水分の存在下で発生し,腐朽部分は水が侵入,滞留しやすい。含水率計による測定で30%以上の含水率を示した場合,腐朽が進行している,あるいは今後腐朽が発生することが予測される。含水率計には高周波式と,電極の針を突き刺す電気抵抗式のものがあるが,一般的に劣化診断では高含水率まで測定できる高周波式が用いられる。

ピロディンは直径3mm,長さ4cm の金属ピンを一定の衝撃力で木材中に打ち込み,打ち込まれたピンの深さを健全部と比較することにより,表層部の劣化を調べることができる。

超音波測定装置は,音の伝わる速さが材料の弾性率や強度に相関していることを利用した非破壊検査法で,木材に腐朽が生じると伝播速度が遅くなるので,それを手がかりにして伝播ルート上の強度劣化を検知する。

レジストグラフは一定速度で回転する直径約3mm の錐を木材の中に押し込んでいったときに,錐が受ける穿孔抵抗をモニターすることで劣化による強度低下の位置,低下レベル,範囲を調べることが可能で,内部腐朽の診断では現在一番信頼性が高い,とのことである。また研修の最後には東邦レオの中嶋氏からレジストグラフの錐の交換方法等のメンテナンスについてご指導頂いた。

装置の説明を受けた後,一次診断において劣化が認められた部位について,上記の機器を用いて二次診断を行った。著者の班では,主に地際部分に著しい劣化が認められた柱を対象に,劣化が地際からどの高さまで進行しているか,診断による確認を試みた。一次診断でT3と判断された柱について,地際から34,65,80,98,120cm の高さの位置に印を着け,含水率,超音波,ピロディン(写真6),レジストグラフ(写真7)による測定を行い,各データを柱に書き込み,さらにレジストグラフの記録紙を貼り付けた(写真8)。このようにすると柱内部の劣化部分が一目瞭然であった。ちなみにこの柱では98cm の高さまで内部劣化が進行していることが確認できた。 

rekka_4-06.jpg
写真6 ピロディンによる診断
rekka_4-07.jpg
写真7 レジストグラフによる診断
rekka_4-08.jpg
写真8 柱の内部腐朽を診断
rekka_4-09.jpg
写真9 柱と桁の取り合い部分の診断

また,床板が腐朽していた部分において,床板と接合する桁,柱に腐朽が進行していないかレジストグラフにより調べたところ,桁と柱の取り合い部分において腐朽が生じていることが示された(写真9)。他班においても,レジストグラフを用いた診断により,床板の腐朽が桁の内部にまで進行していたこと,あるいは桁と柱の取り合い部分が8割ほど腐朽していたことを検出できた,との事例が報告されていた。今回行った二次診断で,断面の大きな部材の内部腐朽や,腐朽が疑われるが目視では確認できない部分を調べる上で,レジストグラフは有用なツールであると感じた。一方,レジストグラフは,重量,記録紙交換の手間など操作性の点でやや難があり,また完全非破壊ではないため,あまり多くのポイントを測定できるものではないことから,一次診断の段階でレジストグラフによる診断が必要なポイントを絞っておく必要があると感じた。

4.3 報告書の作成,取りまとめ

rekka_4-10.jpg写真10 診断結果の報告テキスト二次診断終了後,各班ごとにデータを整理し,代表者が診断結果について報告を行った(写真10)。

各班の報告終了後,藤井先生,矢田先生が大型湾曲集成材製木製モニュメントを劣化診断した際に作成した報告書をもとに,報告書のまとめ方,報告するに当たって注意すべき表現,文言等について講習を受けた。その中で,推定(意見)は事実とは異なることに注意し,報告では,現況報告と推定(意見)は区別する,という点は重要であると感じた。また,報告書を書くに当たって,データの整理は,日がたつと忘れていくのでその日,あるいは翌日には行うこと,報告書の提出は2週間以内が目処で,遅くとも3週間以内には提出すること,とのアドバイスを頂いた。

5.最後に

報告書のまとめ方についての講習の中で,藤井先生から,劣化診断士の立ち位置は,臨床検査技師である,との説明があった。劣化診断においては,依頼者からは「それで,このまま使用できるのか」「どのように補修すれば使用できるのか」という最終的な結論が当然求められるのだが,劣化診断はあくまで生物劣化の現況を可能な限り客観的,正確に把握し,報告することが重要で,危険度,補修法については助言は行っても最終的な判断は構造設計の専門家に委ねる,という線引きをきっちり心がける必要があることを改めて認識した。

「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行されるなど,環境への配慮から木材の利用を促進する動きが進む中,木材劣化診断士が担う役割も増していくものと思われる。劣化診断の技術を向上させるためには,診断経験が豊富な人と現場を共にし,実際の診断経験を積むことが不可欠であると思う。また著者のような研究職であっても,木材保存に関わる者ならば,生物劣化の現場を見て,現況を把握するスキルを持つことは大事なことであると思う。本研修はそのような意味から非常に貴重な機会であった。

最後になりましたが,実習,講義においては講師の先生方に,研修の参加に当たってはJWPAの竹内氏に大変お世話になりました。初日の夕食は講師の先生方とご一緒させて頂き,木材保存,劣化診断に関する様々なお話を聞かせて頂きながら,暑い中での実習の後ということもあり大変おいしいビールを飲むことができました。研修生の皆様には調査に同行させて頂き有り難うございました。今回の研修に参加された皆様に心からお礼申し上げます。

(地独)北海道立総合研究機構 森林研究本部 林産試験場
東 智則

ページトップ