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診断技術の研修会の見聞録

第7回木材劣化診断研修会に参加して

1.研修会の概要

平成25年2月22日(金)に行われた,公益社団法人日本木材保存協会(以下,保存協会という。)主催の第7回木材劣化診断研修会に参加したので報告します。

この研修会は,保存協会自主認定制度である木材劣化診断士の劣化診断技術の向上を目的として平成20年に第1回が開催され,実地研修として木製遊具や木造建築を対象に診断機器を用いた劣化状況の測定や報告書の作成を研修しています。第6回の研修会では少し趣向が変わり文化財(社寺)を研修対象としたため劣化状況測定等は行わず,見学による研修が主体となりました。第7回の今回は文化財指定を受ける輪王寺本堂(栃木県日光市山内2300)が研修場所となりました。参加者は一般17名(害虫駆除業,木材保存剤製造業,保存処理木材製造業,住宅メーカー等),オブザーバー5名(行政,大学等),講師の藤井義久先生(京都大学),矢田茂樹先生(横浜国立大学名誉教授),小峰幸夫氏(公益財団法人文化財虫菌害研究所),原田正彦氏(財団法人日光社寺文化財保存会;平成25年4月1日より公益財団法人日光社寺文化財保存会)および事務局の竹内氏(保存協会)の計28名でした。

参加者は輪王寺本堂前に集合し,午前中は研修室で講師らによる研修内容の説明を受け,午後の2~3時間を使って改修現場を見学し,腐朽・虫害状況を中心に説明を受けました。

2.輪王寺本堂の改修計画と木部劣化
2.1 輪王寺について

輪王寺は,観光等で訪れご存知の方も多いと思いますが,二荒山神社,東照宮,輪王寺という日光二社一寺のひとつで,8世紀末に日光を開山した勝道上人の創建による四本竜寺を起源とし,日光山の中心寺院として発展しました。現在37件38棟が文化財指定を受け,大猷院霊廟本殿,相の間,拝殿は国宝です。日光二社一寺については平成11年に,103棟からなる建造物群と,これら建造物群を取り巻く遺跡(文化的景観)が「日光の社寺」として世界遺産登録されました。研修日も,平日とはいえ修学旅行のような学生を含め,多くの観光客が拝観されていました。

2.2 輪王寺本堂(三仏堂)の改修計画

今回の研修対象となった輪王寺本堂は本尊の三仏様が祭られており,建物の規模としては桁行7間×梁間4間の一重もこし付入母屋造で屋根は銅瓦葺きです。「もこし」は軒下壁面に取り付けられる庇状の構造のことで,本堂は外から見ると二階建てに見えますが,内部は一層構造です。

写真1 輪王寺本堂の素屋根
「素屋根」と言っても高さ約37m,幅約66m,奥行き約40m の鉄骨造の立派な建物で,最上部には天井クレーンを備えます。外壁には本堂の実物大の絵が描かれていました。

改修計画は,定期的な改修計画の一環として平成19年度から3カ年計画で部分補修と塗装修理の小修理を開始しましたが,平成20年度に予想外の甚大な虫害破損を発見し,平成21年度より修理方針が半解体修理に改められました。近年の大規模な改修としては,昭和の大改修と呼ばれる昭和29年から昭和36年に行われた半解体修理があります。今回行われる本堂補修は14年をかけ,平成33年3月に竣工の予定です。現在は,改修の間本堂を覆う「素屋根」が完成し,屋根部分の解体作業が進んでいます(写真1)。平成23年4月には本堂の屋根と同じ高さ(地上26m)から改修の様子を見学できる「天空回廊」がオープンしており,一般拝観者も遠くからではありますが見学ができるようになっています。今回の研修では,一般の拝観者を尻目に,講師らの先導のもと解体工事間近の足場や基礎まで入り込んで見学をさせていただくことができました。

日光二社一寺の改修工事で特徴的なのは,これらの社寺補修を専属で行う団体「公益財団法人日光社寺文化財保存会」が存在するということです。当該財団の原田氏には改修現場の見学の際に随所で具体的な説明をいただくことができました。

2.3 輪王寺本堂の木部劣化

1)虫害

輪王寺本堂の補修で最も被害が甚大だったのはオオナガシバンムシによる虫害でした。原田氏によれば,本堂は内外ともに漆塗装がなされていることや,隠れた接合部に破損があったため,外見からはその虫害破損を知ることができなかったとのことです。その結果,虫害がかなり進行した状態で発見されました。サンプルとして切り取られた斗栱(ときょう)部材(斗栱は主に柱上にあって,深い軒を支えるしくみ。斗(ます)と肘木(ひじき)とを組み合わせたもの)を事前の説明で見せていただきましたが,表面の材は健全にもかかわらず内部に大きな空洞ができ,強度的にも危険な状況であると思われました(写真2,3,4)。これほど甚大な被害に至ったのは非常に珍しいということです。オオナガシバンムシの食害速度はとても遅いとのことでしたので,数十年~数百年のオーダーで被害が進んだということでしょうか。また,不思議なことに,オオナガシバンムシの被害を受けているのはこの本堂のみで,付近の社寺も調査を行ったそうですが,ほとんど個体および食害が発見されなかったそうです。シバンムシは,シロアリのように湿った材を好むわけでもなく乾いた材でも食害し,ヒラタキクイムシのように養分の多い辺材を食べるだけでなく心材や,ほとんど栄養素のない古材まで食害する,かなり厄介な建材害虫のようです。現場で捕獲した成虫をサンプル瓶に入れ,餌を与えずにおいても47日間生存したそうですので,生命力もかなりのものです。補修調査の結果分かったことは,オオナガシバンムシの被害は古材において集中的に発生したということで,昭和の改修時に表面を新材で化粧し直した箇所は古材のみが食害され,新材には被害が見られませんでした。また柱などの被害は繊維方向に添って発生したため,根継ぎをする部分を選ぶのも困難なことがあったそうです。原田氏は,建築物の構造強度的には全て新しい材に替えるのが一番よいのだが,それでは文化財としての意味がなくなる(巨大なレプリカになってしまう)可能性もあり,古材をどのように生かすかが問題だと言われていました。

これらの材は丁寧に解体された後,レジストグラフ等を用いて強度を推測し,使用に耐える部分を選別し,残りは新材で継ぐなどして再び建築に用いられます。殺虫処理としてはフッ化スルフリルによる燻蒸処理を行うそうです。


写真2 本堂改修の際に切り取ったサンプル1
 オオナガシバンムシの害により,材が空洞化しています。表面の薄い板が昭和の改修時に付けた新材,食害されているのが建築当初からの古材。

写真3 本堂改修の際に切り取ったサンプル2
 写真2とは別のサンプルのアップ。表面の塗装部分を残して材が食害されています。

写真4  改修現場から採取したオオナガシバンムシの幼虫
 体長は5mm にも満たないのではないかと思われるくらい小さい。

2)腐朽

被害が大きかったのは虫害との説明がありましたが,改修現場を見学させてもらうと腐朽とみられる被害も随所に見られました。腐朽の多くは水が浸入したと思われる箇所に見られ,屋根や庇の周りや継手仕口が,黒く変色したり,繊維がもろくなっていたり,白い菌糸のようなものが見られたりしました。オオナガシバンムシによる被害の場合は木材がさらさらした粉状にまで分解されていたので,腐朽の方がまだ補修の余地があるように感じられました。防腐処理としては,組立の段階で白木部分に防虫と防腐を兼ねた薬剤を塗布するそうです。

見学の説明の中で興味深かったのは,屋根の銅板葺きの改修についてです。過去の改修で銅板を葺き替える際,継ぎ目がない方が水が漏りにくいと考えて一枚葺きにしていたが,一枚葺きでは銅板の熱膨張を吸収できず,1箇所亀裂が入るとそこから水が浸入してしまうため,よい改修ではなかったとのエピソードでした。銅板は重ねたように見えるものでしたが,意匠的な意味のみだったようです。確かに重ねを多く取った方が防水上は有利と今は考えられていますが,その当時はコストの面もあるのかもしれませんが,一枚葺きの方が有利との考えが優勢だったのでしょう。

3.研修を終えて
写真5  オオナガシバンムシ食害のサンプルに見入る参加者ら
事前の説明においてサンプルの展示があった際に皆興味深く見ていました。

【おことわり】
輪王寺本堂の内部の研修写真を掲載したいところですが,残念ながら写真の公開ができません。ご了承ください。

今回の研修では,一般では目にすることのできない重要文化財 日光山輪王寺本堂の内部まで見学することができ,貴重な体験をさせていただきました。現場研修の際には講師から随所で説明をいただき,また質問にも快く答えていただけたため,大変参考になりました。特に矢田先生が解体された黒い古材を見て,これは樹種は○○だよね,とさらっと答えられていたのはさすがだな,と思いました。長年の調査のキャリアを感じました。新しい材でも樹種の判別はわりと難しいですが,古材になると不慣れな筆者にはほとんど見分けがつきません。ちなみに輪王寺本堂で使用されている材は柱はケヤキ,小屋はツガ,その他の部分はヒノキなどが多いとのことです。

今回の研修は前述のとおり重要文化財であったため,これまで行っていた計測器を用いた劣化診断を行うことはできず,その点は心残りでしたので,機会があれば別の回にも参加してみたいです。藤井先生が説明の最後に言われていましたが,今後の研修では実際に劣化診断をできるようなお寺かお茶室などを対象にしようかと検討していると言われており,興味深い企画を期待しています。

最後になりましたが,研修の講師を務められた先生方,研修会をサポートされた事務局の方々には大変お世話になりました。お礼申し上げます。

大澤朋子

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