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診断技術の研修会の見聞録

第8回木材劣化診断研修会に参加して

1.はじめに

平成25年6月14日,財団法人松殿山荘茶道会(しょうでんさんそうちゃどうかい,京都府宇治市)において,第8回木材劣化診断研修会が開催された。すでに梅雨入りしており,台風の接近も心配されたが,この日は真夏のような厳しい暑さで,熱中症対策に水分補給をしながらの研修会となった。

講師は京都大学農学部の藤井義久先生,横浜国立大学名誉教授の矢田茂樹先生, 森林総合研究所の原田真樹氏,京都大学農学部の藤原裕子氏であった。また,研修会場の所有管理者である財団法人松殿山荘茶道会の平岡己津夫氏もご出席下さった。一般参加者は17名で,筆者二人はオブザーバーとして参加させていただいた。

2.松殿山荘の概要

財団法人松殿山荘茶道会の平岡氏より松殿山荘の歴史について説明があった。平岡氏の曾祖父の高谷宗範(たかやそうはん,本名:恒太郎)氏は,大正7年に宇治の木幡南山に約4万坪の敷地を購入し,茶道の起源である広間の茶,書院式の茶道を復興する目的で,山荘を建てた(図1)。山荘の設計は,すべて高谷宗範自らが行ったといわれている。席数は17席あり,それぞれに趣のある材料をふんだんに用い,主景,借景となる庭園も備えている。なお,松殿山荘は築後約80年以上が過ぎるが,その間に大きな改修工事が行われておらず,創建当時の姿をとどめていること,また,設計等に関する文書が残っていること等から,文化財としての指定を受ける可能性が高い建築物である,との補足説明が藤井先生よりあった。したがって,今回は,非破壊法による一次診断のみの実施となった。


図1 松殿山荘配置図(http://www.shoudensansou.jp/institution/index.html

今回の研修場所である講堂は昭和6年に完成し,茶礼の講演会や卒業式などが行われてきたが,今は使用されていない。柱間が広く,天井は比較的高く,床は板間である。現在,講堂の内壁上部で塗り壁の剥がれや雨染みが見られることから,屋根からの水の浸入があったと思われる(写真1)。また,建物を外から見て回ると,雨樋の不良による軒先の傷みや,雨樋排水溝付近の柱材脚部でシロアリによる被害が見つかった(写真2)。もう1箇所の研修場所は仙霊学舎で,お茶の稽古席で八畳の書院,三畳の台目席および四畳半の好文亭席がある建物であった。


写真1  藤井先生による一次診断および報告書のまとめ方についての説明
(破線で囲った所は,講堂内部の塗り壁の剥がれや雨染み跡)

写真2 雨樋排水溝付近の柱材脚部の劣化状況
(シロアリ被害(矢印)により,劣化程度「1」と診断された)
3.一次診断についての説明

一次診断および報告書のまとめ方について藤井先生より説明があった(写真1)。一次診断では定めた範囲をすべて一定の基準で見渡すことが大変重要である。材の症状をすべて抽出しなければならないが,その際には,部材・部位ごとに劣化の有無と種類(腐朽,蟻害,甲虫類による虫害),および劣化の程度を判定することが求められる。判定結果と共に,その裏付けとなる各部の写真も重要である。写真の撮影方向も記録しておく。なお,一次診断を短時間に手際よく行うには,2~3人で役割分担をして取り組むのが適している。

一次診断では,具体的には,視診,触診,打診で当初状態との差を見極める。その際にポイントとなるのは,変色・退色・水シミ,落ち込みなどの表面性状,部材や接合部の変形や欠損,表面の湿り気,打音,穴,付着物である。部材の表面を連続して触診することにより,表面の凹凸から内部の劣化の有無を推定できる。穴については,円形に近い穴が複数見られる,早材部に年輪にそって見られる,穴の下に粉状の落下物がある,部材の隙間に土色でとっくり状の塊があると虫害の可能性が高い。直径が1~2mm 以下であるとヒラタキクイムシやキクイムシ類,3~4mm であるとシバンムシ類,5mm以上であるとカミキリ類,ハチ類と,穴の大きさからある程度虫の種類が予想できる。付着物については,白い綿状・粉状・膜状であれば木材腐朽菌(担子菌)の可能性が高いが,カビやクモの巣などの場合もあり,それらと識別することも重要である。


写真3 シロアリによる被害状況とマーキング
(劣化程度は,下の部材が「2」,上の部材が「1」と診断された)

判定とマーキングについては,部材(必要に応じて数か所),接合部ごとに実施する。判定結果は,通常,部材に直に白チョークでマーキングするが(写真3),それができない場合には養生テープを用いる。結果の表記は,劣化の種類を,腐朽:D,シロアリ:T,甲虫:B,カビ:M とし,劣化の程度を「1」から「3」の3段階とする。「1」は断面欠損率が最大3割程度,「2」は3割から7割程度,「3」は7割以上を基準とする。劣化の程度が「1」の場合,補修で対応可,「3」は重大な劣化で完全な欠損とみなし,部材の交換が必要,「2」の場合には,補修か交換かは状況を見て判断することになる。また,劣化が進行中の場合はP を付す。含水率の測定結果もマーキングしておく。

劣化が確認されると,その原因を考察する。腐朽の場合は水分の種類(雨水,漏水,結露水等)と経路を確認する。虫害ではシロアリの場合は土中からの侵入経路,甲虫類などは飛来・侵入ルートを推定する。

報告書には,対象建物の概要,建築年,改修や維持管理の履歴,調査日,実施者,調査対象領域と調査方法などを明記する。調査結果は床伏図に,腐朽や虫害の領域,劣化の程度や進行性,写真の撮影位置をわかりやすく記し,劣化部位の写真を添付して完成させる。建物周囲の土壌の湿り具合や土壌面の高さなども必要に応じて記載する。

4.実習

まず,既に劣化診断が終了している講堂離れで,調査報告書を参考にしながら診断のポイントを確認した(写真4)。その後,参加者は数名ずつの班に分かれて,仙霊学舎で一次劣化診断の実習を行い(写真5),講師の先生より逐次ご指導いただいた。また,この際,連続した触診や打診による劣化の検出,劣化の程度の判定,含水率測定に関して,筆者が今まで疑問に感じていた点に対して,以下のように自分なりの回答を得ることができた。


写真4  矢田先生(写真右奥)による診断ポイントの説明

写真5 一次劣化診断の実習

触診を,部材の横方向や縦方向に連続して行うと,表面の凹凸や硬軟感から表面と少し内部の劣化箇所を把握できた。ただし,例えば大引きの下面など視診しにくい箇所で明らかな凹凸が感じられ,覗き込んでみると,傷みではなく,再利用材の以前の抜き穴や接合部の切り込みであることや,補強材が釘で留めてある場合もあった。再利用材については,いつごろから劣化が進んだかは判定しにくい場合もある。


写真6 戸袋付近の柱材の劣化状況
(打診の結果,斜線部は清音,囲み部は鈍い音)

打診については,テストハンマー(先端が球体で,持ち手部分が伸縮するハンマー)を用いると,少し離れたところも測定が行いやすい(測定部材に近づけない場合にも有効である)。部材が健全であるとコンコンと澄んだ音がするが,劣化していると鈍い音に変わる。柱材で高さ方向に打診を繰り返すと,どの位置まで内部で劣化が進んでいるかがわかる。なお,今回の実習で,戸袋脇の柱材では,脚部から床上50cm ぐらいまでは鈍い音がし,その後,床上70cm ぐらいまで清音であったが,その上部ではまた鈍い音がした。また,柱材の屋外側端部と屋内側端部では同じ高さでも打診結果は異なっており,部材寸法が大きくなると,同じ部材面でも複数箇所での調査が必要であることが確認できた(写真6)。

一方,劣化の程度の「1」~「3」の判定は,前述の説明の通り,断面欠損率が基準となる。これは,断面欠損が強度低下と密接な関係にあるためで,修理においてその部材の補強や交換が必要であるかどうかを判断する上で指標になるからである。したがって,住宅部材には,断面寸法が非常に大きいものも比較的小さいものもあるが,判定は同一基準で行うことから,断面が小さい部材では,腐朽や虫害が生じると断面欠損率は高くなりやすく,逆に断面寸法が大きいと断面欠損が甚大になるには時間がかかる場合が多くなる。筆者は,表面から何mm 深部まで被害があるか,といった部分的な傷み具合に注目しがちで,断面欠損率を基準に判定を行うことは意外と難しかった。

さらに,部材の含水率測定において,高周波式の含水率計で測定を行う場合,本来,樹種による比重補正を行わなければならないが,現場では樹種を特定できない場合も多い。そのような場合は,比重を一律に0.45に設定する。このように設定すると,比重補正を部材ごとに正確に行った場合に比べて,含水率値に2~3%の誤差が発生する。したがって,測定結果の解釈にあたっては,数値のわずかな違いに注目するのではなく,概数的に,たとえば,明らかに30%を超える値が出た場合に,高含水状態であるといった判断を行う。


写真7  大引および束材のシロアリ防除処理跡(矢印)

また,ここでは,ドリルで穿孔しシロアリ防除薬剤をしみ込ませた後に,白い木栓をはめ込んだ処理跡が床下部材に見られた(写真7)。これらは観察記録として書き留めておく。

5.研修のまとめ

今回の研修会は,一次劣化診断の経験が豊富な参加者も多く,実習は大変順調に進んだ。厳しい暑さで参加者に疲労感が強かったこともあり,予定より小一時間ほど早く実習を終了し,最後に藤井先生および矢田先生より劣化診断の現状や今後の課題について説明があった。

築後30年程度の木造住宅では,ベイツガ材の使用が大変多い。根太や大引きなどの床下材として保存処理をせずに使用されている例もあり,残念ながら水まわり付近では,材がほぼ100%劣化している,とのことであった。該当する住宅を診断する際には,留意が必要であろう。

また,「住宅の品質確保の促進等に関する法律」や「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」など,住宅関連の法律が整備されたことを受け,住宅の品質をはかる基準,長期間にわたり安全で安心な住環境を維持するための点検や補修,改修などの維持管理(メンテナンス),あるいは瑕疵保証の重要性も認識されるようになった。特に木造住宅では,品質の判断や維持管理において劣化診断の必要性は高まっている。また,既存住宅(多くは木造住宅である)においても長寿命化がうたわれ,既存住宅ストック(中古住宅)の良好な流通も期待されている。ここでも,住宅の劣化に対する客観的な診断や評価が求められるが,簡単に診断できる技術や手法は確立されておらず,診断や評価のためのマンパワーは明らかに不足している。建築士は約100万人いるのに,劣化診断士は2,000人程度であろう。

次に,劣化診断の結果をどのように次のステップで活かしていくのか,活かしていけるのかも課題である。劣化診断士は劣化の状況を把握し,診断を行う。この結果を元に実際に部材を選別し補修や改修を行うのは建築士である。劣化診断士と建築士による連携が非常に重要であるが,現状ではやや不十分な感がある。また,点検や補修にあたっては,依頼者と施工者の間に信頼関係が必要である。一昔前までは「出入りの大工」と呼ばれ,各地域で住宅建築,維持管理に関わる大工がいたが,その後,住み手も作り手もこのような関係を望まない時期があったように思われる。社会的,経済的な背景も影響しているものの,改めてこのようなかかわりが必要になってきている。住宅の新築着工戸数が減少している現在において,建てておしまいではなく,住宅が使い続けられる期間,ずっとかかわり続けることに重点を置き始めている住宅メーカーや工務店が増えてきている。ここでも劣化診断士の果たすべき役割は大きく,高まる要望に応えていかなければならないと改めて感じた。

最後になりましたが,この研修会に参加させていただき,大変貴重な,そして大変有意義な時間を過ごすことができました。講師の先生方をはじめ,参加された皆様に感謝いたします。ありがとうございました。また,参加にあたり,日本木材保存協会事務局の竹内孝常氏には種々ご配慮いただきました。重ねてお礼申し上げます。

奈良女子大学 研究院 生活環境科学系
藤平 眞紀子

奈良県森林技術センター
酒井 温子

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