木材保存誌コラム

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十年前のあの日

みちくさ vol.47 No.2 (2021)

東日本大震災発生から十年。

あの日、僕は「国交省・林野庁連携プロジェクト:木のまち・木のいえ担い手育成拠点事業」成果報告会での発表のため、東京の水道橋にいた。

発生直後、近くの公園に避難したものの、ほどなく揺れが収まったため報告会は再開された。東京は震度5強であったという。

夕方、災害の全容が次第に見えてきた。その時点では震源やその規模、そして「大津波」の状況であった。都内の交通機関は止まってしまっていたが、僕は秋葉原に宿をとっていたため、路頭に迷う状況には至らなかったのは幸運だった。

この後、震災に関連した執筆や講演の依頼があった。そのうち二〇一一年十月の「木材工業特集」の「災害と木材需給」では、

『災害にはいろいろある。今回の東日本大震災では地震・津波、それにこれまではあまり考えてこなかった放射線である。そのほか火災、台風等による風害、水害、さらに冷害、異常高温等の天災、これに戦争等の人災が加わる。

いろいろな災害が起こったのち、その復旧・復興のためには大量の土木建築資材が必要となる。木材は、古くからそのような資材の中心であったわけだが、災害が木材の需給にどのように影響を及ぼしてきたか、それをまず眺めてみよう。』といくつかの史料を示している。

例えば一九二三年の関東大震災のとき政府は緊急勅令をだし、罹災民避難場所として「バラック」を一二万戸建設、木材資材三・二万立方米、そのほぼ半数を秋田・青森から輸送する計画を立てている。「当時不景気に苦しんでいた秋田の木材業者たちが、これを不況克服の好機としてとらえるのは当然」で、「大震災に多大の望みをかけ狂奔した。しかしその震災契機は短い期間でしかなかった」「震災景気に沸きかえっているとき、すでにそこには木材産業が転換を余儀なくされている要因が同時に進行していたのである」と能代木材産業史には書かれている。

一九九五年の阪神・淡路大震災では震災や戦後復興のときに起こったような木材需要の増加はほとんどなかったのであるが、東日本大震災のときはどうだったのであろうか。そろそろ検証してみてもいい時期であろう。

(徒然亭)

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