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どうなる「山線」?

みちくさ vol.48 No.1 (2022)

年末、ローカル紙に『並行在来線・長万部―小樽「バス転換」近づく着地点』という見出し。

読むと「二〇三〇年予定の北海道新幹線札幌延伸に伴い、JR北海道から経営分離される並行在来線の函館線長万部―小樽間の存廃論議が行われ、沿線9市町のうち余市町のみが余市―小樽間の鉄路存続を主張、4町がバス転換、残りが態度を保留」とある。

実はこれに関連した話題は6年前、2回にわたって本コーナーで触れたことがあった。そこでは、『来春、北海道にも新幹線が走る。もっとも、それは函館までであって、札幌延伸はあと十数年先のことらしい。途中に四駅ほど造る予定というが、その頃の沿線人口を考えると、人よりエゾシカの乗降数の方が多くなるのではないか。』とか、『(札幌延伸後)函館本線の小樽・函館間は「並行在来線」となるので、経営は「JR北海道」から分離、第3セクター化される。しかし函館本線二五〇キロはいかにも長い。先日の地元紙では「札幌延伸後の在来線・長大三セク残せるか」という記事があり、お手本として九州の八代・川内間「肥薩おれんじ鉄道」があげられていた。』とも書いていた。

このうち今回協議された小樽―長万部間の一四〇キロは「山線」と呼ばれている。全通は一九〇五年で、海岸線に敷設可能だった余市―塩谷間も、汽車の煙や火の粉が漁業に悪影響を及ぼすと考えられたことから「浜」を避けて線路が敷かれている。

戦後しばらくは本州と北海道を結ぶ動脈(といっても直通する急行列車は3往復のみ)であったが、次第に削減され、優等列車はすべて室蘭本線を経由する「海線」で設定されることになっていった。そして航空路線の拡充に伴い、鉄道は本州連絡に関しての競争力を失っていったわけだが、なぜこの区間にトンネルだらけで、旅行気分を十分に味わえないような「新幹線」を作ろうとしたのか、筆者にはわからない。

態度を保留している3町は、並行在来線の存続を訴える住民団体が結成されるなど、鉄路維持を求める声が根強い点で共通しているそうだが、ハードルは高いという。

さて残りの長万部―函館間はどうなるのだろう。

(徒然亭)

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