木材保存誌コラム

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ヒトはなぜ二本脚で歩くの?

虫めがね vol.40 No.2 (2014)

最近、「歩こう会」(ウオーキングの会)が高齢者の健康保持の為の手軽なスポーツとして、各地で盛んなようだ。土曜、日曜などに電車に乗ると、小さなリュックを背負って郊外にウオーキングに出かける高齢者のグループを良く見かける。彼らは、子どもの頃の遠足にでも行くかのように、楽しそうにおしゃべりが弾んでいる。

先日、ある地域の「歩こう会」に参加した。この会は毎月一回、近くにある標高六六〇m の妙見山に登る同好の人たちで作られていた。参加者はいつも百名を超えるそうだ。驚いたのは参加者の平均年齢が七十歳に近いということだ。最高齢者には八十二歳の女性がいらっしゃった。登り始めて更に驚いたのは、これらの高齢者たちが途中たった一回の休憩をしただけで、みんな快調な足取りで山頂まで登り切ったことだ。この会の中に数名は、「百回登山表彰」を受けた方がいらっしゃった。百回と言えば、毎月一回では八年以上かかる。毎週一回でも二年はかかる。雨の日や雪の日もあるわけだから驚きである。

ところで、人はなぜ二本の足で歩き出したのであろう。約五百万年前に霊長類の中から立ち上がって二足で歩き出した猿人が現れ、これがヒトへと進化したと考えられている。同じ霊長類でもゴリラ、オランウータン、サル、チンパンジーは未だに四足歩行のままなのに、なぜヒトだけが直立二足歩行になったのだろうか。それは、それまで森林で樹上生活していたのが、その生活基盤を樹上から降りて草原へ移したことに関係しているらしい。樹上生活でないので、両手で枝を掴んでぶら下がったりする必要は無く、両手は道具を握ったり、食物を運んだりするのに使える。其の為には二足歩行の方が都合がよい。また、直立二足歩行の方が草原で背伸びして遠くの外敵を早く発見し危険を回避できる。更には、草原で食物を求めて広い範囲を動き回るには、ゴリラやサルのような四足歩行より直立二足歩行の方がエネルギー効率が良くて疲れが少ない。また、大脳がだんだんと大きくなっていったヒトでは、四足歩行ではバランスがとれない。立ち上がって歩く方がバランスよく動ける。

かくして、歩くこと、ウオーキングは約五百万年前からヒトが始めた移動方法であり、これを行うことは健康維持やストレスの解消などの様々な効果が期待できる手軽な健康法のようだ。

(赤タイ)

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日本のすばらしい自然美

虫めがね vol.39 No.6 (2013)

日本列島の美しさには定評がある。国土の約69%は森林に被われ、降水量も豊富なので、これらの森林は常に緑が維持されている。その森林が春は桜、夏は深緑、秋は紅葉、冬は白雪と四季おりおりに、鮮やかな色に姿を変える。しかも日本列島は南北に延びているので、桜前線が北上するように、緯度の違いにより各地の色の変化時期に違いがあり素晴らしい。このように神から授かった自然は素晴らしい。

ところが、そこに住んでいる我々が作った都市、街並みは美しいとは言えないものがある。四年半のロンドン駐在の務めを終えて帰国し、日本での生活に戻った当初、自分で車を運転していて、一時間も運転すると非常に疲れることに気が付いた。イギリスでも自分で運転することが多かったが、こんなに疲れはしなかった。何故だろうと考えるに、自動車の運転席から見える街並みが大きく違うことに気が付いた。

日本の街を車で走ると黒い瓦の屋根ばかりではない。赤、青、緑の屋根や壁など色とりどりで、強い色彩の建物が目に飛び込んでくる。また、道路の両側には様々な大きさ、形をした看板がやたらと立ち並んでいる。大きさだけでなく、書かれている内容や文字が原色で目立つように書かれている。看板だから目立つように書くのは当然かもしれないが、道路に立っているスピード制限、右折禁止、駐車禁止、地点の名称などの交通標識がこれらの看板にうずもれて見落としてしまいそうにさえなる。この強烈な色彩と雑多な看板は運転者の神経を刺激し、疲れさせる。

イギリスの街並みは、ご存じのようにやや渋い橙色のレンガを基調とした建物であり、屋根も渋い赤レンガがふつうである。青や緑や黄色の屋根は見当たらない。条例で規制している。それ故、建物の色や形が背景の自然と一定の調和があって美しい。このようなイギリスの街並みは単調で物足りないという人もいるが、四年半ほど生活してみると、何となく心が落ち着いて安らぐことに気づく。

日本でも京都や萩市の街並みのように、落ち着いて静かな風情を維持しているところもある。これらの街は条例で規制するなど、景観を維持する努力をしている。

ロンドンに住んでいた頃、家のオーナーが自分の庭に生えている木を切るのにも、市役所に届けて許可が必要だと聞いた。

現代に住む私たちは、日本の素晴らしい自然美を守り、美しい街並みを作り、次世代の人たちへ残していく責任があると思う。

(赤タイ)

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"わかめ"の長寿犬表彰

虫めがね vol.39 No.5 (2013)

わが家に満十八歳になる"わかめ"という名のメス犬がいる。名前は漫画「サザエさん」の家族のわかめちゃんから拝借した。人間で言えば百歳を超えるというので、二年ほど前に阪神開業獣医師会から長寿犬として表彰状と盾をもらった。表彰状には、「あなたは人生の伴侶として、永年にわたり家族に喜びと楽しみを与えてくれました」と表彰の理由が書いてあった。本人はなにもわからないだろうから、好物の鶏のササミ肉のジャーキーを与え、表彰状・盾と並べて記念写真を撮った。

ところが、元気だったこのわかめが、このところ老化が激しく、とみに弱ってきた。かっては、仕事を終えて我が家に帰ってくると、その足音を聞きつけて、尻尾を振りながら、「ワンワン」と飛び出してきたものだ。ところが最近は、足音はおろか、玄関のドアを開けても、まだ気づかずに眠っている。ドアをガチャンと閉めると、その音で初めてゴソゴソと起きだして、尻尾を振って近づいてくる。衰えたのは聴覚だけではない。視力もかなり老眼のようだ。女房が散歩に連れているのを見つけて、遠くから、「わかめ」と大声で呼んでも、しばらくじっとこちらを見つめてようやく気が付く様子である。また、犬の最大の武器であるはずの嗅覚も衰えた。わかめの好きなササミ肉のジャーキーをやるとかぶりつくが、歯が弱ったのか、一口で食べられなくなり、足元へポロリとかけらが落ちる。自分の足元にあるのに、鼻先であちこちをフンフンと嗅ぎながら、落ちたジャーキーを探している。以前のわかめなら落ちたジャーキーはたちどころに見つけてペロリであったが、今は目でも見つけるのに時間がかかるし、嗅覚でもわからないらしい。

今年の夏は格別の猛暑である。ある時、ふと見るとわかめが疲れ切ったようすで寝ている。「わかめ!」と呼びかけても動こうとしない。抱きかかえてもぐったりしている。急いで氷をタオルでくるんで、首回りに当てて冷やしてやったら、しばらくすると元気になった。熱中症らしい。農家のお年寄りが、ビニールハウスで作業中に熱中症にかかり、救急車で病院に運ばれたが、不幸にして亡くなったというニュースを時々聞く。犬には人間のような汗腺がないので、汗をかいて体温を調節することができず、ますます熱中症にかかりやすいであろう。獣医さんにこの話をしたら、老犬が熱中症で亡くなることが多いそうである。エアコンが効いた涼しいところで飼ってくださいと言われた。

(赤タイ)

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おかゆ文化

虫めがね vol.39 No.4 (2013)

「おかゆ文化」という言葉があるそうだ。大人たちは子ども達にたくましさを教えずに、手取り足取りの過保護で育て、食べ物も硬いもの、苦いもの、渋いものなどを経験させずに、柔らかい「おかゆ」で育てている。そこで育った若者たちは、体は大きくなってはいるが、精神的にたくましさを持たないまるで「もやし」のような人に育ってしまったということである。

ましてや、大学全入時代の昨今では、厳しく自己を律して受験勉強に力を注ぎ、受験戦線を戦っていくという経験をせずに、すんなりと大学に入学してくる。

筆者が子どもの頃は、学校で先生にしかられたり、たたかれたり(実際に体罰はあったし、筆者自身も体験した)しても、家に帰ってそのことを親には絶対に言わなかったものだ。親に話すと「お前がそんなことをするから先生におこられるのだ」と、また叱られるので親には隠した。

ところが、おかゆ文化で育った子ども達は、叱られた経験がなく、学校で叱られると悲観して自殺したり、家に帰って泣きながら親に話す。話しを聞いた親たちはさっそく学校に抗議の電話をする。

「なんで、そんなことで(私の大事な)息子(または娘)をおこるのです!学校の教育方針が悪い!」

従来なら家庭でしつけるべき、日ごろの挨拶や身だしなみ、あるいは未成年者の喫煙なども学校の指導にまかせっぱなしの保護者が多い。教育は学校の仕事である。そのために授業料をはらっとるという考えである。子どもの教育は親と学校が協力しあってやるものだという視点が欠けている。

こんなこともある。ある日、保護者から大学に電話があった。

「うちの息子は大学に出ていますか。息子に尋ねても何も言ってくれません」

調べてみると、欠席が多く留年寸前の学生であった。

「今後、息子の出席状況を連絡して欲しい」

学生の教育には保護者の協力も大切である。今後、希望する保護者には毎月一回出欠表を大学から送付することにした。

最近、大学を卒業して八年くらいになる、今は社会で立派に活躍している卒業生数名に会った。昔話に花を咲かせるうちに、

「学生時代に厳しく教えてもらったことが今、役に立っている」

「学校で厳しく教えてもらったのが有難い」

と口々に言っていた。おかゆ文化で育った若者からはこのような意見が聞かれるだろうか。

(赤タイ)

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ゴキブリに洗剤をかけると数分で死んだ、なぜ?

虫めがね vol.39 No.3 (2013)

筆者が勤務している大学で、化学の講義の時間に界面活性剤について話をした。その講義の中で余談として、

「ゴキブリが台所に現れたので、洗剤(界面活性剤)をかけたら数分でゴキブリが死んだ。洗剤はそんなに毒性が強くて危険な化学物質なのか」について解説した。

ゴキブリの体表はワックス(脂質)層で覆われている。ゴキブリが見るからに脂ぎってギラギラしているのはこのワックス層のせいで、水をかけても、はじき飛ばしてゴキブリはなんともない。だが、洗剤をかけると洗剤はこのワックス層に溶け込み、ゴキブリの体の側面にある気門から気管の中にまで侵入する。洗剤によって気管を塞がれたゴキブリは呼吸ができなくなって窒息死することになる。洗剤でなくとも、サラダオイルやオリーヴオイルをかけても結果は同じで、ゴキブリは数分以内に窒息死する。食品であるサラダオイルやオリーヴオイルを毒性が強くて死んだと思う人はいないだろう。

黒板に大きくゴキブリの絵を描いて、洗剤が気門から侵入して行く様子を示し、このような話をした。今まで眠そうに講義を聞いていた学生たちも目をあけて、

「えェ!」

というような顔をして聞いている。全十五回の講義が終わって、期末試験に、次のような課題を出した。

「今期の化学の講義の中で、何に最も興味を持ったか。そしてその理由は何か」

するとなんと三分の一あまりの学生が、

「ゴキブリに洗剤をかける話しです!」と書いている。

「ゴキブリに洗剤をかけると死ぬのは知っていたが、洗剤の毒性で死ぬと思っていた」とか、

「いままで、ゴキブリを見つけたら、新聞紙を丸めてたたくことばかりやっていたが、次回は洗剤をかけてみたい」とか、

「石鹸が溶けた洗面器の中でゴキブリが死んでいるのを見た事がある」とか、さらには、

「先生が黒板に描いたゴキブリの絵がリアルでうまかった」

など、学生たちは思い思いに感想を書いている。

これらの解答を読んでいるうちに、筆者としては、ゴキブリの話しは余談であり、他に、もっと重要で役に立つ話しを沢山やったのにという複雑な気持ちになった。

♪無駄ばなし 授業よりも 大うけす♪

(赤タイ)

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