木材保存誌コラム

ホーム > 木材保存誌コラム > 虫めがね

木材保存誌コラム

ゴルフの楽しみ(その2)

虫めがね vol.43 No.5 (2017)

前回のコラムでゴルフの話を書いたが、今回もゴルフの話を少し続けてみたい。

ゴルフをやっているといろいろと予期しないことが起こる。ある時、打った球を我々が見ている目の前で、「あれ!」と言う間に、カラスが降りてきて口にくわえて持って行ってしまった。「コラ、待て!」と言う間もない。トンビに油揚げでなく、カラスにゴルフボールである。ゴルフ場の従業員によると、ここのカラスは白球よりも赤かピンク色の球を好んで持って行くそうである。それにしても、カラスは持って行った球を何に使うのだろうか。また、別の時は高く打った球が木の枝に止まって落ちてこなくなった。下から球は見えているのだが落ちてこないのである。風のひと吹きで落ちてくるのにと恨めしく思えた。この場合は、ルールによると一打追加して、続行するそうである。

ある日、愛知県から来たと言う人と一緒にプレーしたことがある。仕事の出張で兵庫県に来たついでにプレーしているのかと思ったら、日本全国のゴルフ場制覇を目指しているそうだ。すでに地元の愛知県のゴルフ場ではほとんどプレーしたので、今度は兵庫県のゴルフ場の番だそうだ。愛知県から車でやって来て、数日間滞在し、数ヶ所のゴルフ場でプレーして帰る。クラブハウスや特徴あるホールなどを写真に収めて、記録に残していた。全国には二,八〇〇余りのゴルフ場があるが、彼は何年がかりで全国制覇を達成するのだろうか。「日本百名城」制覇を目指している人には時々お目にかかるが、全国ゴルフ場制覇は珍しい。

年齢のせいか、ここ数年力が弱くなり球の飛距離が大きく落ちてきた。わたしのメンバーコースで若い頃には五番アイアンで十分に届いていた距離が、今ではドライバーでないと届かなくなった。ところが、最近わたしが時々いくゴルフ練習場で小学校四年生くらいの女の子がお母さんに連れられて練習に来ているのに出会った。彼女の練習を見ていると、ドライバーでは優にわたしより遠くに飛んでいる。小学生で、しかも女の子である。高齢者と言えども腕力はわたしの方が彼女よりも強いと思う。でも飛距離は彼女に及ばない。それ以後、自分の飛距離が落ちてきたことを、年齢のせいとか、力が弱くなったとかは言わないことにしている。

今は、年金暮らしなので、頻繁にはプレーできないが、健康維持のために、月に数回は仲間とプレーを楽しんでいる。

♪ゴルフ会いつの間にやらシルバー会♪

(赤タイ)

ページトップ

ゴルフの楽しみ

虫めがね vol.43 No.4 (2017)

わたしが住んでいる兵庫県は日本で三番目にゴルフ場が多い県である。そして、兵庫県は日本で最初のゴルフコースが出来た場所でもある。神戸に住んでいた英国人貿易商アーサー・H・グルームが一九〇一年に外国人の娯楽の為に神戸の六甲山にゴルフ場を造った。今の「神戸ゴルフ倶楽部」である。日本には、平成二九年現在で二六五七ヶ所のゴルフ場があるが、数でトップは北海道でその後に千葉県、兵庫県と続く。わが家から車で約四十分の範囲内にゴルフ場が一〇ヶ所以上はあり、ゴルフ天国の地に居住していることになる。

今から約二十年余り前に、定年後に時間に余裕が出来たらゴルフを楽しもうと、貯蓄も兼ねて某ゴルフ場の会員権を購入した。貯蓄目的の方は、最近のゴルフ人口の急激な減少で会員権の価値は紙くず同様になったが、プレー料は土曜、日曜を外せば、かなり安くなって楽しめるようになった。

ゴルフの楽しさ、そして難しさは、同じコースで同じ場所から同じクラブで同じ方向へ打った球も決して同じようには飛んでくれない。方向も、飛距離も違ってくる。したがって、同じコースを何度プレーしても常に同じではなく、変化があって楽しめるということである。

わたしが所属しているゴルフ倶楽部では、年間最多来場者表彰と言うのがある。これにY氏はたびたび表彰されている。彼は年間百回を超えてこのコースでプレーしている。雨の日や雪でプレーができない日もあるだろうから、三日連続でプレーすることもあるそうだ。

ある時、このY氏と一緒にプレーすることがあったので尋ねた。「このコース以外ではプレーしないのですか」「いや、誘われて他のコースでプレーすることもある」そうであった。

でもさすがに年間百回余り同じコースでプレーしているだけあってコースの癖は隅から隅まで知り尽くしている。打球した球が落ちている所に行くと、わたしはその球の前方を睨んで、さて次はどの方向に打とうかと考えるのだが、Y氏は考える時間は必要なく、すばやく打つ。人はこれを「早打ちのY氏」と呼んでいる。コースの癖を知り尽くしているのは当然としても、ゴルフ場のスタッフみんなとも顔なじみである。更に、ゴルフ場の池の鯉たちとも顔なじみなのには驚いた。Y氏が池のそばに行くと、鯉たちが自然に集まってくる。Y氏は鯉たちがかわいいと言って、餌を投げ与えていた。

♪素振りではプロも顔負けナイスオン♪

(赤タイ)

ページトップ

四国八十八ケ所お遍路の旅

虫めがね vol.43 No.3 (2017)

古希を迎えた頃、いつかは四国八十八ケ所お遍路の旅をしようと考えていた。その目的は八十八ケ所を参拝することによる「心の健康」と、歩くことによる「体の健康」を得ることである。昨年の春、思い立って第一回の旅を開始した。偶然だが昨年は閏年であり、閏年の逆打ち(八十八番から逆に回る)は順打ち(一番から順回り)よりはご利益が三倍も多いそうである。

お遍路と言うと、白装束に三角形の菅傘を被り、右手に数珠と持鈴を持ち、左手に金剛杖をついて徒歩で八十八ケ所を回る姿を思い浮かべるが、今ではバスツアーが多い。バスに乗ると言っても四国のお寺は嶮しい山頂や山奥にあることが多い。お寺の麓でバスを降りて、何十段もある石段を登って本堂と大師堂に至る。そこで、線香とろうそくを立て、お賽銭を納め、家内安全・先祖供養と書いた納め札に自分の名前を書いて納札箱に入れる。そして念珠をすりながら般若心経を読経する。これを繰り返しているうちになんとなく心安らかな気持ちになれる。八十八ケ所をお参りし無事結願した時には、誰もが円満な顔つきになるそうである。

旅行会社のバスツアーは毎月一回出かけて、一年で結願となるように計画されているが、旅行会社が計画した日程通りには参加できないことが多く、結願までは二年はかかりそうである。

バスツアーにはお先達さんが同乗され、先導されるので予備知識が無くとも、問題はなく、いろいろなことを教えてもらえる。四国お遍路の由来は古代末期から聖と言われる民間宗教者が四国遍路で修業した、それが江戸時代に大衆化したこと。お寺に入る時と出る時は山門の前で合掌し一礼すること。寺の参道や石段は真ん中を避けて左端を歩くこと。お賽銭は神社の初詣での時のように投げ入れてはいけないこと。金剛杖は杖ではなく「弘法大師」の化身であるので大切に扱わなければならないこと等々、今までは何も考えずに寺院などに出入りしていたが、教えられると、なるほどそうなのかと納得することが多い。

八十八ケ所を結願し、すべての寺で納経帳に朱印をもらったら、今度は本山である高野山金剛峯寺にお礼参りに行く。この納経帳は、自分の葬儀の時に棺桶に入れてもらえば、迷わずに冥土にたどり着けるそうである。

♪嶮し道登ってたどる遍路笠♪

(赤タイ)

ページトップ

小鳥たちの来訪

虫めがね vol.43 No.2 (2017)

わが家の小さな庭には、梅の木と山桃の木が一本ずつ植わっている。冬になり十二月から二月頃には、この木に近くの森から毎朝小鳥たちが餌を求めてやってくる。この時期は森には小鳥たちの食べ物である木の実や昆虫などが少ないせいであろうか。今年の冬はヒヨドリとスズメがほとんど毎朝やって来た。

最初の頃は餌をやろうと窓を開けると、その音に驚いて小鳥たちは一斉に飛び立ち、遠くからこちらの様子を窺っていた。餌を撒いたら、戻ってきて餌をつつき始める。これを繰り返しているうちに、いつの日か毎朝八時ころにはやって来て庭の木に止まり、餌がもらえるのを待っているようになった。そのうちに窓を開けても驚かず、木にじっと止まって餌がもらえるのを待つようになった。

餌と言っても食パンの耳の部分を刻んだものや、ご飯の食べ残したものを与えるだけである。ご飯は余りお好みでは無いようで、熱心には食べず、地面に撒かれたパン屑を先に食べると木の枝に止まって次にパン屑が撒かれるのを待っている。時には蜜柑を輪切りにして木の枝に突き刺しておく。小鳥たちは甘党のようで、これは好んで食べる。

鳥の顔を覚えているわけではないが、ヒヨドリはほぼ決まった数羽が毎朝やっているようである。スズメが食べているところに体の大きなヒヨドリが近づくとスズメはその場を避けるが、飛び立って逃げる様子は無く、共存して仲良く食べている。

ある日のこと、窓ガラスにドンと何かがぶつかる音がした。ふと見るとヒヨドリが窓の下でじっと待っている。この日は我が家は朝寝坊して、十時過ぎまで小鳥たちの面倒を見られなかった。それで、ヒヨドリはいつまで待っても餌にありつけず、しびれを切らして窓に体当たりして「餌はまだか!」と催促をしたものらしい。ヒヨドリの気持ちも分かる。昨日は一日中雪が降り、今朝もかなり寒い。昨日から何も食べ物にありつけず、お腹を空かしていたのであろう。

このように毎朝やって来た小鳥たちも二月も終わりに近づき、春の日差しが射す頃になると、すっかりやって来なくなる。森に新芽や虫たちが動きだし、わざわざ民家まで行かなくても、小鳥たちの食べ物が手に入るようになるのだろう。

それにしても、五、六年前までは、わが家の梅の蕾が膨らむ頃になると、メジロやウグイスがやって来たが、最近は、ほとんど見かけなくなった。何故だろうか。淋しいものである。

♪今朝の鳥餌はまだかと待ちきれず♪

(赤タイ)

ページトップ

寅さんの古里

虫めがね vol.43 No.1 (2017)

先日、仕事で東京に行った時(わたしは関西在住)、翌日の予定が空いたので、葛飾柴又の帝釈天に行った。山手線の日暮里駅で京成電車に乗り換えると柴又駅に着く。駅の改札口を出ると「フーテンの寅」さんの像が出迎えてくれる。この葛飾柴又は、映画「男はつらいよ」の車寅次郎の古里である。

柴又駅から帝釈天(題経寺)へ向かう参道の両側には、名物の草だんご屋やウナギ屋など、昔ながらの風情のあるお店が並んでいる。これらのお店を覗きながら参道を歩いていくと正面に帝釈天題経寺がある。題経寺は予想したより立派なお寺であることに驚いた。帝釈堂をめぐる外壁に飾られた法華経説話を描いた木彫や邃渓園(すいけいえん)という立派な日本庭園などがあり感心した。帰りに参道に「とらや」という草だんご屋があったのでお土産に買ったら、その素朴な美味しさに、女房に大変喜ばれた。

更に驚いたことには、帝釈天に隣接した場所に「寅さん記念館」があることである。石原裕次郎記念館や美空ひばり記念館など、実在の有名人の記念館があるのは知っているが、寅さんという架空の人物の記念館があるのだ。この記念館は葛飾区の観光事業で作られたらしいが、寅さん誕生から、いつも振られるマドンナとの名場面などが展示されている。寅さんの実家「くるまや菓子舗」やタコ社長の「朝日印刷所」の撮影セットなども保存してある。その裏手には寅さん映画にたびたび登場した大きな江戸川が流れており、「矢切の渡し」がある。ここらは昔ながらの水郷の風情を味わえる風景であった。

「寅さん記念館」に隣接して、「山田洋次ミュージアム」がある。ここには、寅さん映画の生みの親とも言える山田洋次監督にまつわる記念品が展示されている。寅さんを演じた渥美清がまだ寅さん役に出会う前の作品を映画スチールで見ることが出来る。

なぜ、わざわざ葛飾柴又に行ったかというと、わたし(そして女房も)は、映画「男はつらいよ」の大ファンである。わが家には「男はつらいよ」の映画全四十八作を収録したDVDがほとんどそろっている。夕食を取りながら、これを見て笑うことは食べた物の消化を促進し、健康にも良いのではないかと思っている。

♪寅さんが笑ったような人に会い♪

(赤タイ)

ページトップ

1  2  3  4  5  6  7  8